「僕たちだけじゃ危険だ。助けを呼んでこよう」
シィクの判断に、二人は渋い顔をした。
あまり好意的な反応は得られなかったが、それでもシィクは説得を始める。
「よく考えてみてよ。僕たちだけで勝てるなんて見込み、ないと思うんだ。いくら兄さんに稽古をつけてもらってるといっても、兄さんに一度も勝てたことがないじゃないか。危険すぎるよ」
「シィク……」
ローザは残念そうに肩を竦めた。このチャンスを逃したくなかったのだろう。それでもシィクは譲らない。皆の安全を考えた上での結論だからだ。
そんな中、リヴァルが苛立ったように鼻を鳴らした。
「フンッ。じゃあシィク、お前はこのことをロックスに知らせてきな。俺等はヤツらを見失わねぇようにしておくからよ」
「えっ」
思わず声を裏返したシィク。だが、リヴァルの判断には納得できる部分があった。彼の性格上、自らロックスを呼びに行くことはないのだから。二人を心配したシィクであったが、その判断がかえって二人を危険に晒す結果となってしまった。
ローザも少し考えて、頷く。
「そうだね。ロックスさんがいれば安心だし。シィク、お願いできる?」
シィクの胸から不安は消えない。胸に手を当てれば、鼓動が早まっている。
二人だけにして大丈夫だろうか、森から村まで一人で帰ることが出来るだろうか。しかし、この役目は自分にしか出来ないことは分かっていた。
決心し、シィクは胸に当てていた手を下ろす。
「二人とも、無理はしないようにね。危なくなったら逃げていいんだから」
「うん。こっちはリヴァルもいるから大丈夫だよ。シィクこそ、無理しないでね?」
「ヤツらが動いたら、どこかに目印を残しておくからな!」
「うん、分かったよ」
ゴロツキに気づかれないよう、シィクは二人に背を向けて走り出した。
小枝や落ち葉が散らばる森の道を進む二人。
シィクを一人で村に向かわせてしまったことが気になっていたローザは、心ここにあらずといった感じだった。
「……なぁローザ、やっぱり俺らも村に戻るか?」
「えっ!?」
リヴァルの言葉に我に返り、少し迷った様子をみせる。
「でも、私たちまで村に戻っちゃったら、おじさんのラピスはもう…」
「取り戻せなくなっちまうだろうな」
「……私はシィクを信じてるから。 きっと大丈夫。…………だよね?」
「おいおい。 自分で言いきっておいて『だよね?』とか聞いてんじゃねーよ! シィクなら必ずロックスを連れてくる。安心しな!」
そう言い放ちつつも、「まぁ、一人で無事に村まで戻れるかってのが心配だけどなぁ」と呟いた。
「っつぅてもよ、俺らはあのゴロツキ共を追うって決めたんだ。シィクだって、やるときはやってくれるだろ。
さ、奴らを追いかけっぞ。」
二人はまた、森を歩き出した。
ゴロツキたちに気づかれないよう、こっそりと確実に追いかけてゆく。
その道中、木に矢印を刻んで目印とした。後から追ってきたシィクとロックスが迷わないようにするためだ。
ゴロツキたちは、先日リヴァルたちが訪れた小屋へと向かっていた。盗んだラピスを手に、歓喜の声をあげている。
小屋に到着してしまったゴロツキたち。リヴァルとローザは外から様子を窺っていた。
「……クソッ、シィクのやつ、まだ来ねぇのかよ」
「目印に気づいてくれてたらいいんだけど」
そう呟く二人の背後から、小枝が砕ける音がする。曲刀を手に、ニタリと悪趣味な笑みを浮かべる男が一人。
「あ〜ん? 誰が来るってぇ?」
「ッ!? やべぇ!」
殺気に反応したリヴァルはローザを抱き寄せると、ハルバードをかざして盾にする。甲高い金属音と衝撃に襲われ、したたかに背中を打ち付ける。
防御されたことを気にした様子もない男は、口の端をあげた。
「こんなとこまで何しに来たのか知んねぇが、足がついたらたまんねぇからなぁ。 ここで消えてもらうぜぇっ! お前ら、出てきやがれ!」
ひゅう、と口笛を吹く男。小屋の中から慌しく現れたのは、子分と思われるゴロツキだ。
「ゴ、ゴヒィー! なんだキサマらぁ!?」
「チッ、これ以上は無理みてぇだな。 ローザ、支援頼むっ!」
「わかったわ!」
「ヒョオォォ! おもしれぇガキじゃねぇか!」
「勇気の導きを……!」
ローザの詠唱が朗々と響く。空中に描かれた方陣から三つの火球が飛び、二人の子分に襲いかかる。回避を試みる子分たちだが、火球は急激に進路を変えて命中した。
「熱いッヒィ!」
「小娘がッ! やりやがったな!」
反撃に移る子分。得物を振り上げ、ローザに肉薄する。両者の前に割り込んだリヴァルは、唸り声と共にハルバードを振るった。
「ローザに近づくんじゃねぇっ! 瞬迅槍!」
三度にわたる力強い薙ぎ払いは空気をうねらせ、子分の服を浅く裂いた。怯んだところを逃さず、間合いを詰めるべく追撃を放つ。ハルバードを地面と水平に構え、踏み込みと同時に突き出した。
「裂風迅槍衝!」
その突きは風をまとい、大気を抉る。躊躇のない一撃であったが、虚しく空を切った。
回避した二人の子分はリヴァルに迫り、武器を振るう。肌を裂き、骨を軋ませる。立つことも難しいダメージだが、背後でローザの結晶術が発動する。
「癒しの導きを……ファーストエイド!」
リヴァルの体を温かな光が包み、傷と疲労を癒す。すぐさま立ち上がりハルバードで子分たちを牽制する。
「サンキュー、ローザ!」
「このガキどもがッ!」
離れた子分と入れ替わるように、リーダー格のゴロツキが突っ込んできた。曲刀を突き出し、リヴァルの喉元を掻き切ろうとする。
「させっかよ! 裂槍衝!」
曲刀の軌道に重ねるように突きを繰り出す。金属音の後、ハルバードを力任せに薙いだ。完全に回避できなかったゴロツキは体勢を崩す。
「うおっ!?」
「続けていくぜッ!」
その隙を逃さず、もう一度突きを放った。ゴロツキを貫いたままハルバードを振り上げる。宙に浮いたリーダー格を追いかけるように跳躍し、振り下ろす。着地と同時に、気合を込めた一撃を見舞う。それは獣を象った闘気となってゴロツキを吹き飛ばした。
「こなくそがッ、図に乗るなよガキどもめぇぇッッッ!!!!」
リヴァルの連撃に激昂したリーダー格が、二人の子分を鼓舞する。
「おい!おめぇら行くぜッ!」
「ヒョオォォ!」
「ゴヒィー!」
合図と共にゴロツキたちの息も吐かせぬ連続攻撃が繰り出され、対応しきれなかったリヴァルは、回避も防御もできずに倒れてしまう。
「リヴァル!」
「お〜う? 一人になっちまったなぁ、嬢ちゃん」
ゴロツキたちの刃がローザに向く。回避も虚しく、その身に少しずつ傷を増やしていく。リヴァルは立ち上がったものの息も絶え絶えだ。
「ハァッ……クソッ、このままじゃあ、埒があかねぇ……!」
なぶられるローザに視線をやり、唇を噛み締める。
もっと躊躇なく、やつらと戦えていたなら。
もっと残酷に、殺す気で戦えていたなら。
「使うしか……ねぇな」
ハルバードを地面に突き立て、先程ローザに尋ねた腕輪を左手首に装着する。
力を発揮するラピス。空間を塗り潰すような黒いオーラが、ハルバードに宿る。
ローザに向いていた視線がリヴァルに注がれる。
「ゴ、ゴヒィィ! あのラピスは何なんだヒィ!?」
「こいつぁ初めて見るぜ……。闇属性のラピス、か?」
闇の力を宿した武器は禍々しく光る。
放心したローザは、ぽつりと呟く。
「闇……属性?」
ハルバードを手に取り、構えを取るリヴァル。その瞳には力強い光が灯っていた。
それは――。
「ここからは、本気で行かせてもらうぜ!!」
それは、殺意以外の何物でもなかった。