Tales OF Seek 第9話 「港町ナーウィス」4


第8話 「港町ナーウィス」4

 なにを言っているのかわかっていない様子のローザ。シィクはなにか言おうとしていたが、男性はシィクのことなど眼中にもないようだった。真っ直ぐにローザだけを見つめている。
 顎に手を当て、なにか考えている様子の男性。

「……ふむ。君にとっておきの技を教えてあげよう」
「技?」

 武芸に嗜みのあるようには見えなかったが、旅の役に立つのならと頷くローザ。
 男性はふわりと柔らかく微笑むと、ローザの手を握る。優しい手つきは、どこか懐かしい感覚を呼び起こしそうだった。
 ローザの胸中など知る由もない男は、子供に接するような声音で言う。

「まず、創りたいラピスをイメージするんだ」
「イメージ……どんなものを?」
「そうだね、きみは火のラピスと相性が良さそうだ」

 確かにローザの得意な結晶術は火属性だ。そんな素振りを見せてもいないのに見抜かれたのは、男が相当の結晶術使いであることの証明でもあった。

「だから、きみが求める火のラピスをイメージしてみるといい。そのラピスはどんな力を持っているか、強く念じてみるんだ」
「どんな、力……強く、念じる……」

 まぶたを閉じて、自身の深いところまで思いを巡らせるローザ。シィクは黙ってことの成り行きを見守った。
 ローザの手のひらで、淡い光が生まれる。シィクはたまらず声を上げた。

「あっ!」
「わたしが求める火の力……っ!?」

 呟いたの同時、ローザの視界が真っ白になる。そして――


 そこは石造りの祭壇のような場所だった。紅の髪をした少女の前には、蓋のない棺のようなものがある。少女の周囲には、大小さまざまの石が転がっていた。色は濁っているが、赤、青、黄、緑と種類が豊富だった。
 家屋だったものがどこか荒廃した空気を生み、光もほとんど射さないこともあって不気味な薄暗さに包まれている。その中で少女は、年若い少年といた。少女の肩に掴みかかる少年。

「…ート! もう……を創るのはやめろ!」
「だめだよ。父さまが困ってしまうもの」

 少女の声はかすれて弱々しいものだった。その中に使命感のような強い決意を感じる少年だったが、止まらない。

「んなの知るか! ラ……を創るたびにすごく苦しそうじゃないか!」

 そこまで言って、少女の肩から手を離す。うつむき、拳を握る。

「もう……ッ、見てらんねぇんだよ!」

 震える声に、少女は振り向く。
 これ以上、なにを伝えることがある。少年の気持ちを知ってか知らずか、少女は一途に微笑んだ。

「でも、……スを創ればたくさんの人が救われるんだよ」

 世界に無数の線が走り、不愉快な音が鳴る。
 続いて感じたのは、悲痛な叫び。

「お前は騙されている! あれは……の命の結晶だ!」
「ラ……を創れば、精……は死に行き、世界は……でしまう」
「ロー…! 聞こえてるんだろう? ……ト!」

 訴えるような声が少女の体内にがんがんと響き渡る。苦悶の表情を浮かべる少女。それでも、少女はやらなければならなかった。

「ごめんなさい……」

 弱々しく呟き、またひとつ――。

「本当のラ……は、私たち……の合意のもと創るの」

 諭すような女性の声。少女はその言葉を刻むように口にする。

「……合意の、もと……?」
「あの者の過ちを改めるため、私達と戦ってくれるならば力を貸し――」

 最後までは聞こえなかった。力強いなにかが流れ込み、突風が発生した。身体が仰け反るほどの風、立つことすらままならず、ローザとシィクは倒れた。
 突風が収まると同時、硬質で軽い音がした。ローザは身体を起こして、事態の把握に努める。

「うっ……どうなっ……」
「手助けをと思ったのだが……少し強すぎてしまったようだね。だが……」

 うっすらと笑う男、その視線は足元。美しい輝きを放つ赤い石が転がっていた。男はしゃがんでそれを拾い、ローザの眼前に差し出す。ふわりと優しく微笑む男。ローザはその手に収まる石――ラピスに釘付けになった。

「あ……!」
「やはりきみはラピスを創る素質があるんだね」

 ローザの手を包み込み、生まれたラピスを手のひらに乗せる。ローザは呆然と口を開けたまま。男は立ち上がり、背を向けた。

「ありがとう。久し振りにいいものを見せてもらったよ」
「あっ! このラピスは……」
「これから誰かのためにラピスを創ることがあるかもしれない。そのとき参考になるよう、きみが持っておくといい」

 男の厚意に甘えるべきか、判断に迷うローザであったが、それ以上に気になるフレーズがあった。

「誰かのために……?」
「この世界には、人と精霊の絆を繋ぐ一族という者が存在するのだが、一族を治める血筋の者は、ラピスを生み出す力を持っているそうだよ」
「えっ! それって……」

 ローザが長らく求めていたもの、その欠片が目の前にあるようだった。男はそれを察してか知らずか、微笑んでローザの肩を掴んだ。ラピスのように深い赤色の瞳がローザを射抜く。

「きみはその一族の血を引いているんだろうね」

 言葉が出てこなかった。
 どこにその一族が住んでいるかはわからない。それでも、自身のルーツが少しだけ判明したことに嬉しさを感じた。
 男はローザから手を離し、再び背を向ける。夜の空を仰いで、物思いにふけったように黙り込んだ。

「――私には、クリムソンエーラの災厄のときに生き別れになってしまった娘がいるのだが……きみは、私の娘にとてもよく似ている。そのせいだろうか、少しお節介を焼いてしまった」

 その声から哀愁のようなものが感じられた気がした。ローザもシィクもなにも言えず、重苦しい沈黙が二人を縛りつけた。
 やがて男は一歩踏み出した。

「それでは、失礼するよ」
「待ってください!」

 ローザが男を呼び止める。シィクはなにかよくわかっていないようだったが、ローザの瞳には微かな希望が映っていた。この男の話で、記憶の手掛かりを掴めるかもしれない。一縷の望みに賭けて、言葉を紡ぐ。

「わたし、実は子供の頃の記憶をなくしていて……もしよければ、その一族について教えていただ――」

「おいお前ら、なにしてんだよ」

 ローザの言葉を遮るように届いた声。聞き慣れた、乱暴な口調。紛れもないリヴァルのものだった。呆れたように頭を掻き乱しながら二人の元へ向かう。

「帰りが遅ぇからロックスのヤツが心配して……」

 男を横切ったところで、リヴァルの視線が鋭さを増した。ハッと男の横顔を見やり、言葉が詰まったような音が出る。

「なっ……!? テメェは……!」

 リヴァルの異変の理由が理解できないシィクとローザは首を傾げる。男も男で、リヴァルのことには触れようとせずに笑みを浮かべる。対象はやはりローザであった。

「さあ、きみたちももう帰りなさい。私も帰らなければいけない」

 背を向けて歩き出す男。
 怪訝そうな眼差しを注ぐリヴァルを横目で捉え、微かに笑う。

「久し振りだね、リヴァル」
「……ッ!」

 リヴァルにしか聞こえていなかったようで、シィクとローザは黙ったままだった。
 去っていく男の姿を見送り、残された三人。ぽつりと呟くシィク。

「行っちゃった」
「リヴァル、どうかしたの?」
「いや……なんでもねぇ」
「それよりリヴァル、ローザのことですごい情報を手に入れたんだよ! ……って、あの人の名前を聞くの、忘れてた……」
「あ……そういえば……」

 興奮した様子で話したが、肝心なところが抜けているのがシィクらしい。ローザは笑い、リヴァルは呆れたようにため息を吐いた。

「でも、またいつか会える気がする。今度会うときはちゃんと名前を教えてもらわないとだね。リヴァル、そろそろ宿に戻ろう」
「んあ? あ、おう」
「帰ったらリヴァルや兄さんにも話すね!」

 嬉々とした様子で宿へ戻るシィクとローザ。リヴァルも二人に引っ張られるようにそのあとを追った。
 建物の陰からローブを来た三人組が現れる。先程からシィクたちを見ていたようで、険しい眼差しでシィクたちの背中を見詰めていた。

「いまの見たか?」
「ああ。あの娘、ラピスを創り出していた」
「一刻も早くウェンデル様に報告しなければ……」

 ローブ姿の三人は闇の中へと消えていった。