Tales OF Seek 第1話「終焉と発端 2」


第1話 終焉と発端(2)

――最後の戦いの火蓋が切られた。戦況はロックスが率いる部隊に傾いている。


「はああっ! 剛・魔神剣!」

 ロックスが大剣を振り下ろす。
ウィングルムは迫る大剣を見ようともせず、事も無げに身を翻した。
大剣は空を切り、轟音を立てて床を叩き割る。

「隊長、俺がやります!」
「任せるぞ!」
 離れたところからサージュが魔術による追撃を狙う。紫色の魔法陣を展開し、まぶたを閉じて詠唱を始めた。
「罪に穢れし邪悪な魂、紫電の剣閃にて咎めん! サンダーブレード!」
 詠唱が完了し、魔法陣が弾け飛ぶ。
サージュが腕を横に薙ぎ払うと、その動きを巨大な雷の剣がたどった。

発動した魔術は、回避中で防御もままならない状態のウィングルムを確かに捉える。命中した箇所を中心として、周囲に雷光がほとばしった。
「っ……鬱陶しい。まずはお前から仕留めるべきかな?」
 忌々しそうに唸り、サージュに狙いを定めるウィングルム。
瞬きの間に大きく迫ったが、両者の間にラフディが割り込みサマーソルトキックを繰り出す。
不意を突いた一撃はクリーンヒットし、ウィングルムも宙に浮く。重なるように、シャンティも詠唱を開始した。

「聖戦の炎、勇猛な戦士たちに灯れ――ブレイズエミッター!」

 詠唱を終えると、ラフディの全身に炎が生まれる。
それは身体を燃やしているわけではなく、身体能力を大幅に上昇させる支援術だった。
ロックスもその恩恵は受けており、まとった炎から力のみなぎりを感じる。
「サンキュー!」

 ラフディの攻撃はまだ終わらない。空中で蹴りを繰り出し、
追撃。着地と同時に全力で床を殴った。衝撃波は床を抉りながら疾走し、ウィングルムを襲った。
勢い良く吹き飛ばされたウィングルムはパイプオルガンに激突し、力無く項垂れる。

「必殺、臥狼砲虎! 効いただろ!?」
「よくやりましたね、ラフディ。ですが……」
「まだまだだな。ですよね、隊長?」

 部下たちが気を抜いている様子は無い。ロックスは頷いて、大剣の柄を握り直す。

 項垂れたまま動かないウィングルムは低く唸った。
「……思ったよりは、出来るようだな?」
「侮っていたのか?」
 ロックスの問いに、ウィングルムはゆっくりとした動きで頷く。何度も何度も、唸り声と共に。
「ああ、ああ、侮っていたとも。お前たちが崇高な大儀のもとに動き、私に挑んでいることはよく分かった」
「国から直々に命を受けているのだ、当然だろう」
 ウィングルムの討伐は国から――ひいては世界から託された使命である。生半可な覚悟で臨めないことは重々承知であった。
大切なもの全てを投げうってまで同行した三人も、それは理解している。

「だから――お前たちの弱そうなところを突いてみるとしよう」

「どういうこと……っぐぅ!?」
 不意に襲ってきた強烈な痺れに、ロックスの言葉は遮られた。
見れば、紫色の糸のようなものが背後から胸を貫いている。痛みは無いが、身体の自由が効かない。

「ロックス隊長!」
 シャンティの術で痺れは回復し、痺れの原因であったであろう糸も消える。
今のは雷属性の魔術、スパークウェブだ。
術者の姿が見えない以上、ロックスは警戒の強化を呼びかけようとする。
背後から靴の音が聞こえてきたのは、その寸前。

「君は……?」

 そこに居たのは、幼い少女であった。
瞳の輝きは虚ろで、足元もおぼつかない。年齢相応の衣服を身にまとう姿はあまりにも場違いで、ロックスたちを動揺させるには充分過ぎた。
「この子は何だ……? 何故こんな所に!? 何故っ…!」

「お前たちに話す義理は無い。――私を手伝え、いいな?」
 ウィングルムの命令に、疑問を抱いた様子も無く頷き少女は詠唱を始めた。

展開された橙色の魔法陣は、地属性の魔術のものだ。身構える三人の部下。急速に迫ってくる重圧に、ロックスがいち早く反応した。
「っ!」
 振り向きざまに大剣を薙ぎ払う。手応えは無く、大剣は虚しく空を切った。幼い声で紡いだ魔術名が響き渡る。

「エアプレッシャー」

 ロックスの周囲が空気に押し潰される。
到底、身動き出来る状態ではない。部下たちは魔術に反応していたため、回避に成功したようだ。効果の及ばない範囲から心配の声がかかる。

「隊長、大丈夫ですか!?」
「しゃんとしてくださいよ! あんたが注意力散漫でどうするつもりなんですか!?」
「私は問題無い……! それと、対象を間違えるな! 討つべき相手は、少女ではないのだぞ!」

「その通り。さすがロックス隊長はわかっておられる」
 サージュとラフディの背後に立つウィングルム。
ロックスを「隊長」と呼ぶその口が、歪な笑みを浮かべた。途端に全身を支配する悪寒。
その直後には、二人とも吹き飛ばされていた。ステンドグラスに激突し、亀裂を走らせる。
「サージュ、ラフディ!」

「やれ」
 少女が再び詠唱を始める。エアプレッシャーの発動時間が過ぎ、解放されたロックスは少女に向かって走る。
殺すことは絶対にしない。気絶させて無力化しようという判断である。
しかし、それを許すウィングルムではない。
少女を庇うようにロックスの前に立ち塞がる。

「そこを退け!」
「こいつが欲しいのか、ロックス隊長。ならば、これでどうだ?」
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