Tales OF Seek 第1話「終焉と発端 3」


第1話 終焉と発端(3)

 ウィングルムは少女の髪を掴み、自分の前に引きずり出す。
微かに表情を歪める少女だが、抵抗する素振りは見せない。構えた大剣を下ろし、うめくロックス。

「どうした、こいつを止めたいのだろう? 殺しても『世界のための尊い犠牲だ』と、大義名分を通せるのではないか?」

「非道め……貴様は絶対に、私が討つ!」

「吠えるだけなら誰にでも出来る。見せてもらおうか。国から直々に命を受け、私のもとまで来た覚悟とやらをな」
 ウィングルムが煽動(せんどう)する。
ロックスの意志は固く、揺るぐことは無い。それゆえに、この状況をどう打破するべきか思考を巡らせていた。

 そのときだった。心身を癒す温かな巨大な陣が、空間全体に敷き詰められたのは。
「何だ?」
「これは……リザレクション?」
「立って、サージュ! ラフディ!」
 今まで詠唱していたのだろう、シャンティが彼らのそばで叫んだ。気力を取り戻した二人が駆け寄り、臨戦態勢を取る。

「面白い……が、悪足掻きだな。こいつが居れば、お前たちはろくに武器を振るうことも出来ないだろう?」
 ウィングルムの言う通りだ。少女の盾を掻い潜らなければ、致命傷を加えることは出来ない。

「くそっ! あの少女が……!」
 サージュが、苛立ったように吐き捨てた。
「でも、このままじゃあいつを倒せないだろ!」
「……っ! とはいえ、子供を傷つけるわけにはっ」
 そうは言ったロックスだが、始末するという判断は最終手段として残さざるを得ない。
少女一人の命が、世界と同等の重さであるか。そんなことは比べるまでもないからだ。

「それならば、あの子は私たち三人でなんとかしましょう! あの子が奴から離れたら、隊長はその隙に!」
「ああ、わかった!」
「仕方ないか……!」

「頼んだぞ!」
 サージュ、ラフディ、シャンティが散開し、同時に襲いかかった。
誰か一人でも、少女に手が届き無力化出来たのなら、勝機は見えてくる。

 ところが、三人は同時に弾き飛ばされてしまった。何も存在しない空間に。
「!?」

 ロックスはそこで気づく。
少女を中心に、薄い障壁のようなものが展開されているのを。
直後にそれが消え失せたことから、少女は力を使い切ったようだった。
何か呟こうとしているが意識が途切れたのだろう、ぐったりと項垂れる少女。
「今が好機です! サージュ、ラフディ!」
 妨害が無くなり、牙を剥く三人。

「……ふん、いいだろう」
 ウィングルムは目を伏せ、少女を無造作に投げ捨てる。
予想外の行動に足を止める三人。そこを逃さず、ウィングルムは黒い波動を放った。体力を大きく削り取られた三人は、ほぼ戦闘不能。シャンティは力の限り叫ぶ。
「あとは、任せました!」
「ああ、今しかないっ! 行くぞウィングルム!」


 彼らの決死の作戦。
それを受け、ロックスは駆けた。
大剣を構え、特攻する。回避の素振りも見せず、かと言って防御をしようともしていないウィングルム。
止まること無く大剣を横薙ぎに振り抜いた。
その剣は見切れるものではなく、ウィングルムの肉体を深々と切り裂く。
「っ!」
 攻撃は終わらない。ロックスを中心に蒼い陣が展開し、尚も剣を振るい続ける。

「――己が信念に忠実に在れ、義を以て剣を振るえ! 
忌まわしき邪悪を、蒼き王の贄と捧げん!」

 言い切って大剣を振り上げると、陣が輝きを増していった。それはウィングルムの身を切り裂く。ロックスは大きく跳躍する。

「蒼龍滅牙斬っ!」

 叫びながら、全力で大剣を振り下ろした。
陣から幾つもの蒼い柱が昇り、ウィングルムは逃げることも防ぐことも適わない。
「――――っ」
 辺り一帯が、蒼い光に包まれる。視界が遮られる間際、ロックスが見たものはウィングルムの微笑。



 やがて光が収まっていく。大剣は砕け散り、辺りは静寂が支配していた。
 そこにはもう、討つべき敵の姿も、気配も、声も無い。

「みんな……大丈夫か?」
「ああ、なんとかね」
 ラフディが息も絶え絶えに告げる。
緊張からの解放か、妙にくたびれて見える。難しい顔をして機械を覗くサージュと、少女のそばに腰を下ろすシャンティも同様であった。

 しかし、ウィングルムが見せた最期の表情。
何か得体の知れないものを孕んでおり、心に釈然としないものを植え付けた。

「……っ! 隊長! 精霊力の減少が止まりました!」

「そうか、よかった……」
 部下たちを見れば、何か言葉を待っているようであった。待望の眼差しを向けている。何が答えか、ロックスにはわかっていた。

「作戦は成功、だな」

「……終わったぁー!」
 案の定、その言葉を聞いた途端に脱力する三人。
さすがのロックスもこれには苦笑せざるを得なかった。
「おいおい、まだ早いぞ。これから王国に帰還して、任務完了の報告だ。
それからはそれぞれの故郷へ――自分たちの帰るべき場所へと、帰ろうじゃないか」
「この子はどうしますか?」
 シャンティは少女をいたわり撫でている。
先程の戦闘で力を使い果たしたのだろう、今は眠りについている。

「その子は……。ふむ、そうだな。私が預かろう。
今まで、奴のもとで苦しい思いをしてきたはずだ。
これからは、普通の女の子として生きてほしい。叶うのならば、そうしてあげたい」
 ロックスは少女の手を握る。その肌は柔らかく、熱を感じる。
 ウィングルムのもとでどんな扱いを受けていようが、なんてことはない。この子は年端もいかない少女として生きている。
少女から生命の温かさを感じ取り、静かに笑みをこぼした。



――世界救済から数日が経過した。

少女を保護したロックスは、故郷である村落に帰還している。

「…………」

「緊張するかい?」
 古びた木造の家屋を前に言葉を発そうとしない少女。
優しく語りかけるロックスだが、未だに表情は堅い。
 ロックスが扉を叩くと、ややあって穏やかな顔をした女性が出迎えた。
二人の姿を確認すると、頬を緩ませる。

「あら、いらっしゃい。かわいい娘さんねぇ。さぁ、どうぞ」

 招き入れられた二人は、客間に通される。
女性は主人を呼んでくると言って席を外し、ロックスは少女に視線をやる。
椅子に腰かけると、物珍しそうに辺りを見回す。
どれだけウィングルムという存在に縛られていたかはわからないが、新しい世界に触れることが皆無だったのだろう。
 やがて、女性が戻ってくる。一緒に居る男性が主人、つまり女性の夫だ。しわが増えても、その瞳は変わらず穏やかな光を灯している。
「ご無沙汰してます」
「おう、構わんぞ。よう来たな、ロックス」

「……? あ、の……」

 少女は言葉を詰まらせている。
温かい言葉にどう反応していいのかがわからないようである。
「お嬢ちゃん、名前はなんて言うんだい?」
「……なまえ、は」
 頑張ろうとしている姿は健気だ。
しかし、どうも上手く言えないようである。答えに詰まっているのを見かねたロックスがフォローに入った。
「この子には、過去の記憶が一切残っていないんです」
「なんと……」
 衝撃的な言葉であったらしく、夫婦は言葉を失っている。
ロックスもまたうつむいて、少女は困ったように二人を見ていた。

「名付け親は、是非、あなたたちにお願いしたいです」
「ふむ。では、そうだな、どんな名前なら喜んでもらえるのか……」
 旦那が腕を組んで唸っていると、妻が閃いたように手を叩いた。
「ローザ。ローザというのはどうかしら? 可愛らしいと思わない?」

「ロー……ザ?」

 少女が反応し、輝きの戻らない瞳を向ける。
「ローザ、か。いいんじゃないでしょうか?」
「うむ、女の子らしくていい」
 少女の目線に合わせて屈み、ロックスは優しく尋ねた。
「この名前、どうかな?」
 何か言いたげな少女。
言いたいことをきちんと言ってもらうため、言葉を待つ。

「…………うん」

「よし、じゃあ決まりだね。君は“ローザ=ヴァイスハイト”。今日からこの村の、大事な家族だよ」
 ヴァイスハイト夫妻が、娘の手を握る。
少女――ローザはその手を力無く握り返した。


 ――それから、六年の月日が流れた。

 エピオス村。
 首都からは遠く離れ、有名な特産品があるわけではない片田舎。
 朝、木造の小屋に訪問者が二人。若い男女が一人ずつ。
少女は深く息を吸い込んで、呼び声と共に吐き出した。
「シィクー! そろそろ時間だよー!」
 少女がそう呼びかけ、数秒後、窓が勢い良く開け放たれた。二人の姿を確認し顔を引っ込めた。

「……あの野郎、寝坊も大概にしとけっての」
 溜め息を吐きながら、低い声で呟く少年。それを見た少女が困ったような笑みを浮かべた。
「何度も荷物の確認してるんだよ、きっとね。そんなに目くじら立てないで、リヴァル?」
 少年――リヴァルは頭を掻き、呆れたように呟いた。
「ローザはあいつに甘ぇんだよ」
「そうかな?」
 少女――ローザは心当たりがまるで無いらしく、不思議そうな表情を見せる。
 そのとき、扉が力任せに開かれた。
彼らがシィクと呼んだ少年が、呼吸を乱している。ローザとリヴァルに向ける視線は、反応をうかがっているかのよう。
「おせぇぞ、シィク!」
 少々荒っぽい口調でリヴァルが言う。
 リヴァルの声は大きなものであるが、そこに怒りは見えない。
「うっあ……ごめん……」
シィクと呼ばれた少年は、誤魔化すように少しの笑顔を漏らし、自分の服の乱れを整え直す。

「っと、よし……じゃあ、行こうか?」
「うん」
「ああ!」
 二人は同時に頷いて、歩き出した。シィクもそれに連れ立っていった。

   ――世界の均衡は、再び崩れようとしていた。

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