「わかったよ、僕達だけでなんとかやってみよう。三人で力を合わせれば、きっとなんとか出来るよね」
「シィク! ありがとう!!」
追うことに決めたシィクに、ローザは微笑を向けた。
その様子を見ていたリヴァルは、僅かに表情を歪ませる。
「決まったんなら追うぞ! ここで見失ったら、もう取り戻せねぇかもしんねぇからな!」
小枝や落ち葉が散らばる森の道を、慎重に進む三人。ゴロツキたちに気づかれないよう、こっそりと確実に追いかけてゆく。
そうして辿り着いたのは、小さな小屋であった。
庭など、周辺の手入れは行き届いていたが、小屋からは、あまり生活感を感じられなかった。
ゴロツキたちはラピスの強奪が成功したことを喜びながら語り始める。
その様子は、気を抜いているように見え、茂みに隠れるリヴァルが二人に呟いた。
「取り戻すなら今しかねぇ。 行くぞっ!」
「うんっ」
リヴァルに続いてローザ、シィクも茂みから飛び出した。
「!? ゴ、ゴヒィー!! なんだキサマらぁ!?」
「そ、そのラピスっ、返してもらうよ!」
シィクは剣を振りかぶり、叩きつけるように振り下ろした。その一撃は空を切るも、奇襲攻撃としては充分だった。
若い闖入者に、ゴロツキ達は意気揚々と武器を抜く。
「ヒョオォォ! 面白ぇガキじゃねぇか!」
ゴロツキが振るう剣がシィクに襲い掛かる。それを阻んだのは、リヴァルの力強い一撃だった。甲高い金属音と共に、ゴロツキの剣が打ち払われる。
「上等じゃねぇか! お前ら、全力で相手してやれ!」
リーダー格のゴロツキが、二人の手下を掻き立てる。武器を掲げ、臨戦態勢に入ったゴロツキたち。シィクたちも構えを取って走り出した。
戦況は、ゴロツキたちに傾いていた。
シィクたちは、人間相手の実戦はロックスとの訓練で幾らか経験していた。
しかしそれ以外といえば森の獣を相手に戦う程度。
まして、今回の相手は殺す気でかかってきている。手加減していたロックスとは訳が違うのだ。
直感で武器を振るっているわけではない。どう攻めれば良いか、ということを考えて攻撃を仕掛けてくる。
「くッ……!虎牙破斬っ!」
振り上げた剣と同時に、自身も飛び上がる。空中で体を捻り、力一杯振り下ろす。しかしそれはゴロツキの剣でいとも容易く防がれてしまった。
「どうした、坊ちゃん? 実戦は初めてかぁ?」
ずいとシィクの間合いまで踏み込んでくるリーダー格。不用意な接近に怯んだシィクの腹に容赦のない蹴りを入れる。
「シィク!」
「お嬢ちゃんも初めてゴヒィー?」
「……っ! 三散華!」
扇と蹴りの三連撃。しかしその動きにキレはなく、簡単にいなされてしまう。
下卑た笑みを浮かべたゴロツキが武器を振り上げる。
「させねぇよッ! 裂駆槍!」
叫ぶリヴァル。ハルバードを水平に構え、鋭い踏み込みと共に突き出す。
空気を引き裂く一撃であったが、それはもう一人のゴロツキの武器によって軌道を逸らされる。
「残念だったでヤンスねぇ」
「うっせぇんだよ! クソッ! おいシィク! ローザ!! 殺す気でやれ!」
苛立ったように叫ぶリヴァル。しかし、今の二人にその指示は無茶であった。
シィクの剣が鈍いのも、ローザの動きにキレが無いのも、この戦闘で命がかかっているからだ。剣を振るい、あるいは結晶術を放ち、人の命を奪う覚悟が出来ていない。
「なんだぁ、もう終わりかぁ?」
「チッ……! シィク、ローザ! 気合入れろ、アレをやるぞ!」
「えっ!? う、うん!」
ローザの周囲に陣が展開する。赤い、炎属性の陣だ。
「我らが刃に炎を灯せ。紡がれし絆、勇壮を……!」
「ヘッ! させるかよッ!」
「きゃあっ!」
振るわれた剣はローザの体を切り裂く。悲鳴と共に倒れるローザ。
シィクの瞳が驚愕に開かれ、リヴァルの口元が怒りに歪む。
「ローザ!?」
「だいじょ、ぶ……」
そう言うローザだが、呼吸は荒い。彼女のそばには赤い液体が流れ、シィクの顔がさぁっと青ざめる。
「クソッ! テメェら、ぶっ殺してやる!」
激昂するリヴァルは一人で駆け出した。シィクもそれに続き、剣を振りかぶる。
「やぁぁぁぁぁっ!」
「ガキが、甘ぇんだよ!」
ゴロツキの剣がシィクを切り裂いた。ローザのように倒れ、傷口から赤い池を広げていく。無慈悲な一撃は、シィクを瀕死に追い込んだ。
倒れるシィクを横目に、リヴァルはハルバードを水平に構える。
「クソッ! これでッ、決めてやるッ!!!」
――しかし、ゴロツキたちも甘くはない。リーダー格の口が三日月のように裂けた。
「甘く見てもらっちゃぁ困んだよなッ! お前らいくぜェッ!」
「ゴヒィー!!」
「ウッヒョーッッ!」
ゴロツキたちがリヴァルを三方向から囲み、それぞれが異様な構えをとる。
動揺したリヴァルは、思わず防御の構えに移った。
「生意気なガキめッ! これでもくらいなッ!」
地を蹴り、リヴァルの頭上へと跳んだリーダー格の言葉を合図に、残りの二人も動く。
交差するように突きを繰り出す二人の子分。それから一瞬遅れて、リーダー格の一撃が叩き込まれる。
「ゲスーザ・ディプラヴィティ!」
回避もままならず、防御の構えを取っていてもダメージは軽いものではなかった。
逃げ場を失ったリヴァルを捉えたゴロツキは、揚々と武器を掲げる。
「ウッヒョォーッッ!俺たちカッコイー!」
ゴロツキ三人の連携に、リヴァルも倒れ、悔しそうに歯噛みして跪く。
「トドメと行かせてもらおうかぁぁっ!」
そう言って、倒れたリヴァルに曲刀を振り上げるリーダー格。
立ち上がるローザだが、体は震えている。立っているのもやっとという状態だ。
「……っ、このままじゃ……やられ、ちゃう……」
口からは恐怖が漏れる。その事実に体が言うことを効かなくなる。
「シィクも、リヴァルも助けられない……! 私の、私の力が足りないからっ……!」
後悔が溢れ出る。自身の無力を嘆き、脳が熱を帯びて思考が溶けていった。
「私の……力がっ」
ズキン――。
少年と少女がいた。
だが、色がない。モノクロの世界で、二人の子供が何やら会話している。
少年の顔はおぼろげだ。一方、少女は、ローザと同じ緑色の瞳と赤い髪をした女の子だ。
『なあ、ロート。お前、いつもどうやってラピス作ってんだ?』
少年が問いかける。少女は突然の質問に驚いたのか、えっ? と首を傾げた。
『どうやってって……まず、作りたいラピスをイメージして、そして……』
言葉が途切れ、少女の表情が曇る。悲しみに暮れ、苦痛に歪んだ顔だ。
言いたくない、思い出したくもない。薄らかだが、確かな拒絶を表していた。
『そして……』
少女は言葉を紡げずにいた。眉は下がり、目も伏せ、陰鬱とした表情を浮かべる。
さすがに心配になった少年は少女の肩に手をかける。
『おい、大丈夫かよ』
『あっ、ううん。なんでもないよ。えっと、イメージしたら、出来ちゃうかんじ!』
ズキン――。
ヤ メ テ !
ク ル シ イ !
タ ス ケ テ !
ローザの脳裏にラピスがよぎる。それに伴って、頭に何者かの声が響いた。それは苦痛を訴える声。悲しみを帯びたそれに、ローザは頭を抱えた。
続けざま、ある映像が浮かび上がってくる。廃れた教会のような場所で繰り広げられる争いだ。
「……ぅああ、あ……!」
口から吐き出されるのは、意味を持たない息のみ。体は震え、ガチガチと歯を打ち鳴らす。目の焦点は定まらず、正気を保てていなかった。
「はぁ、はあっ……はぁっ……! っ、やだ……いやだ……イヤだ、嫌だ嫌だ嫌だ! このままじゃ、シィクが、リヴァルが……死んじゃう!」
光が現れる。ローザの前で収束するそれの中から宝石のようなものが生み出された。
「ひ、ひょ……なんかヤバイんじゃねぇか……?」
「いや、それよりアレは……ラピスじゃねぇか!?」
光はゴロツキたちの視界を奪う。木々も、シィクもリヴァルも、ローザさえも飲み込んでいく。その後、ラピスの甲高い破砕音が響き渡った。
「っ! いやあああああ!!」
光が収まり、景色が戻ってくる。シィクたちにもゴロツキたちにも、何ら影響はない。
絶叫したローザは、がっくりと膝をつく。
「はあ、はあ……」
荒い呼吸が静まり、ゆらりと立ち上がるローザ。
「……テ、ヤル……」
ぽつりと呟くローザの瞳は、今までとは比較にならない強い光を灯していた。
それは――。
「みんなみんな……消してやるっ!!」
それは、殺意以外の何物でもなかった。
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