太陽が沈み、月昇る夜が訪れる。
シィクは自身の選択に迷いを覚えていた。 しかしいくら悩んだところで解決策が見つかるわけもなく。
「はぁ……もう仕方ない、かぁ」
そして、波乱に満ちた一日が終わる。
――数日後。
村の入口にかかる橋の下、シィクたちはいつものように秘密の訓練をしていた。ロックスを驚かせるための、新技の練習だ。
三人の前方には、長い訓練の末にぼろぼろになった人形。
「シィク、リヴァル! いくよ! しっかり受け止めてね! はぁっ!」
ラピスより生成された炎の波動。それはローザのもとを離れ、シィクとリヴァルに向けて飛んでいく。
リヴァルは難なく受け止め、自身の得物にその力を宿す。シィクも戸惑いながら受け止めた。
「うん、行ける! いまだよっ!」
ローザの掛け声に、二人は同時に武器を振りかざす。
武器に宿った炎の力が、刃を赤く染め上げた。周囲の大気が肌を焼くほどの熱を帯びる。
「「魔王炎撃波っ!」」
同時に武器を振り抜く二人。シィクのタイミングが若干遅れたが、リヴァルがカバーする。刃の軌道に爆炎が発生し、人形を薙ぎ払う。黒焦げだ。
「えっ……成、功?」
声を上ずらせるシィク。自身の成功を素直に喜べていないようであった。
「うん! 大成功!」
「やればできるもんだよなあ!」
暴走したローザを相手取ったあの日から、リヴァルやローザとの連携技の成功率が段違いに高まった。
仲間の動きを見て、シィクが自ら動くようになったことが理由だ。
その結果、互いがタイミングを掴めるようになってきたのである。
だからこそ、いままでひたすら受け身で、自分のことで手一杯だったシィクは、二人が自分に合わせて動いてくれていたと気づいた。
しかし、いざ実戦となると緊張のせいか、あるいはロックスに読まれているのか、失敗を繰り返してばかりなのである。
シィクとしては、もう連携技を必要とするような事態はごめんであった。可能であれば、もう二度と、命のやり取りはしたくない。そう思っていた。
三人での秘密の練習後、ロックスとの訓練に向かう最中、ローザが呟いた。
「そういえばロックスさん、最近忙しそうだよね……」
「えっ!? あ、ああ、うん……そ、そうだね……」
素っ頓狂な声をあげるシィク。動揺しているのが見え見えだ。
ゴロツキたちとのあの一件以来、ロックスは毎日忙しなく動いている。自分たちの訓練に付き合っているとき以外は村の見回りや調べ物をしているようで、弟であるシィクも、ロックスと顔を合わせることが減っていた。
盗まれた恵みの石は持ち主であるレギンのもとへ戻ったのだから、事件は解決したように見える。しかしロックスが忙しそうにしている理由を作ったのは紛れもなくシィクの発言だ。当人としては、この話題を振られるとどうも戸惑ってしまう。
挙動不審なシィクを見て、すかさずリヴァルがフォローする。
「まあ、あいつもクソ真面目な性格してっから、村で面倒事が起きたのは自分のせいだっつう責任でも感じてんじゃねーの? だとしたら、同じ失敗を繰り返さねえようにしてるだけじゃね?」
シィクがロックスに話した内容は、あのあとリヴァルに話していた。すると彼は「お前が決めたことなんだから、それでいいんじゃねーの?」というものだ。シィクにとっては、なんとも複雑な言葉が返ってしまったのだった。実際、選んだのはシィク自身なのだから、リヴァルとしても事後報告されたところでどうしようもないというのが本音だろう。
「やっぱりいつもの、このなんでもない毎日って、幸せだよねえ……」
「ハッ、なーに言ってんだか!」
口をついて出てきたシィクの言葉に、呆れたように笑うリヴァル。いつも通りだ。シィクとしては、こんなやり取りがいつまでも続けばいいのに、と思った。
「ほら、二人とも! そろそろ時間になっちゃうよ?」
「あ、うん! じゃあ少し急ごうか!」
――本当に。
この毎日が続けばいい。
そう思っていた。
一方、その頃。
枝葉の隙間から陽光が注ぐエピオスの森、身の丈ほどもある巨大な鎌を持った男が一人。エピオス村へと向かっていた。闇のように黒い長髪を風になびかせているが、そこに美しさは微塵も感じられない。
男は不愉快な気分を「ケッ」と口汚く吐き出した。
「この辺りは弱っちい欲望しかねえのかァ?」
男が放つ剣呑な空気にあてられてか、魔物と化した獣たちが寄せ集められるように彼の元へ。男は舌打ちすると、大鎌を振りかざし――。
「クッソォォォォォ! 全ッ然! 物足りねえぜェッ!」
力の限り、乱暴に振るった。魔物たちの首を刈り取るその一撃は、瞬くような速さであった。
「……しかし、だァ」
先ほどの荒々しさとは一転。男は凍えるような低い声で呟く。
――かと思えば。ニタリと不気味な笑みを浮かべた。口の端は釣り上がり、まるで三日月のよう。そこから漏れてくるのは下卑た笑い声。男は視線の先に見えるエピオス村を望みながら、愉快そうに言う。
「ゴロツキ共を焼き殺したヤツらがこの近くにいるってェのは……ヒヒッ、楽しみだよなァ!」
黒い感情が、一歩。
また一歩と。
穏やかな日々に歩み寄っていた。
シィクたちはエピオス村のはずれにある、いつもの訓練場でロックスを待っていた。
「兄さん、今日は遅いね」
「ロックスさんが遅刻するなんて……もしかして、なにかあったんじゃないかな」
「心配しすぎだろ? あいつの腕っぷしを考えてみろよ。いったいなにがあるっつーんだ?」
珍しく遅れているロックスの身を案じるローザと、なんでもないように頭の後ろで手を組むリヴァル。
「はは……そうだね。でも……」
リヴァルの言葉につい苦笑いしてしまったが、今日はなにかが違う。嫌な予感が胸中を渦巻いていた。
一言で言ってしまえば、不安。 ロックスの遅刻も、シィクの心のもやもやに拍車をかけていた。
「兄さんが約束の時間に遅れるなんて、いままで一度もなかったんだけどな」
ロックスが姿を見せるであろう方向を見つめながら呟く。 そのとき、彼の内に秘められていた“嫌な予感”が的中する。
ドォオオオオン!!!
穏やかでない爆音が響いた。
エピオス村などという田舎では生涯感じることのないはずの危機感。思わず身を震わせる三人。
「えっ、なに、いまの……爆発?」
「いまのは、ただごとじゃねぇぞッ!?」
そう感じたのはリヴァルだけではない。シィクやローザも同様だ。彼らの表情に緊張が走る。
「なにがあったの……?」
「村のみんなが心配だ! 行ってみよう!」
二人は同時に頷いて、音の発生した方へ急ぐ。
……全てが、少しずつ滅びへ向かっていることも知らずに。
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