Tales OF Seek 第5話「接触」1


第5話「接触」1

 シィクからローザの異変を聞いて以来、ロックスは訓練の合間に六年前の事件について調査していた。
 自身が治めたあの事件――クリムソンエーラの災厄である。

 災厄のきっかけとなった男、ウィングルム。彼を討ち果たした際に保護した少女。それがローザ。当初、彼女はウィングルムに利用されているとばかり思っていた。彼の思うままに動き、自らの意志を奪われ、人形として生きていると信じて疑わなかった。

 ――だが、もしローザが利用されていたのではないとしたら……?

 そんな予感がロックスの胸中で微かな不安を生む。初めから、間違っていたのでは。そんな疑問がロックスの心を徐々に侵していった。

「もしかすると、俺はとんでもない思い違いをしていたのかもしれない」

   ぽつりと呟き、机の上の置時計に目をやる。いつの間にかずいぶんと時間が経っていたようだ。

「……と、しまったな。訓練の時間を過ぎているじゃないか。急がないとリヴァルがうるさそうだな」

「テメエなに遅刻してんだよ!」「やる気あんのか!?」そんな怒声が容易に想像できてしまい、苦い笑みをこぼす。壁に立てかけていた大剣を背負い、訓練の準備を整えていると、ロックスは違和感を覚えた。
 屋外から強烈な圧力が加わり、家が軋む。まさか、爆風? あくびが出るほど平和なエピオス村では聞こえるはずのない音に、焦りと緊張が膨らむ。ロックスはたまらず外へ飛び出した。

「これはッ!?」

 肉や木の焼け焦げた臭い。村人たちの悲鳴。そして、殺気立った魔物たちの気配。なにもかもが非日常のエピオス村に、ロックスも動揺を隠せなかった。

「いったい、何が……!?」

 周囲に視線を走らせていると、頭上、側面、背後から足音が迫ってくる。警戒を強め、大剣の柄に手をかける。
 姿を現したのは、猿の魔物が二匹、狼の魔物が二頭。いずれも強い殺気を放っており、ところどころに赤い斑点。見間違うはずがない、あれは返り血だ。すでに何人か被害に遭っているらしい。

「村の中に、魔物が……。早く避難させなければ」

 いつもの穏やかな瞳には鋭い光が灯っていた。大剣を引き抜き、構える。訓練時とは似ても似つかない、威圧感を大いに孕んだ構えだった。

「皆に手をかけたのならば、容赦はしない!」

 ロックスの言葉に耳を貸す気配もなく、二頭の狼が凶悪な牙を剥き出しにして飛びかかった。左右からの、連携の取れた攻撃。
ロックスは構えを崩さずに一歩分退いた。狼の牙は虚しく空気を噛む。その隙を逃さず、大剣を薙ぎ払った。

「無影衝!」

 狼の顎を断ち切り、深手を負わせる。追撃の手は緩めない。薙ぎ払った大剣を腰溜めに構え、身体の捻りと共に振り上げた。

「断空剣!」

 力強い一振りにより発生した刹那の竜巻。狼たちは風の刃に弄ばれながら宙を舞い、呆気なく戦闘不能となった。  まず二頭――!
 猿に視線を移したの同時、細いものが回転しながら目前まで迫っていた。身をよじりかろうじて回避する。猿が投げた木の枝かなにかだろう、いまは確認する時間がない。すかさず二匹の猿に肉薄する。

「流影斬!」

 瞬間、ロックスの姿が掻き消えた。目標を見失った猿、一瞬の硬直を逃すロックスではない。流れる水の如く静かに背後に回っていた彼は大剣を力一杯振り上げた。一匹を捉え損ねたが、些末な問題だ。身を屈め、もう一度。今度はその勢いを利用して自らも飛び上がる。

「絶翔斬ッ!」

 追い打ちの如き一撃は猿の身体を一刀両断。抵抗の隙もなく絶命する。ロックスは無防備に中空に舞い上がったわけではない。大剣を頭上に振り被り、落下の勢いを乗せながら大剣を叩きつけた。

「終わりだ! 剛・魔神剣ッ!」

 大地を震わせる一撃。直撃の猿は言わずもがな、さきの流影斬を回避した猿も、すさまじい衝撃波に耐え切れず気絶した。容赦はしない。ロックスは大剣を振るって猿の首を刎ね飛ばす。
 刀身に付着した血を払い、爆発の中心へ目をやる。

「くっ! 早くなんとかしなければ!」

 迷わずに駆け出す。護らなければならない。あの平穏を、この村の人々を。焦燥感が彼の足をさらに速めた。

Next>>