Tales OF Seek 第5話「接触」2


第5話「接触」2

 ◆スキット『僕たちができること』

 一方、シィクたちは一足早く、爆発の中心へ辿り着いていた。
 いつもは村人たちの憩いの場であった噴水広場には魔物たちが徘徊し、負傷して動けない状態の村人が何人もいた。
 安穏としたエピオス村では見ることのなかった惨状。リヴァルは忌々しそうに舌打ちする。

「村の中に魔物だと!? しかもこの数、ただごとじゃねえぞ!?」
「もしかして、さっきの爆発のせいで魔物たちが!?」

 動揺するシィクの肩に、とんと手を置くローザ。彼女の瞳には、この惨状においても気丈に振る舞う強さが見えた。

「そんなことよりも、逃げ遅れた人や怪我した人を助けないと! シィク、リヴァル、村のみんなを教会の地下室へ!」
「じゃあ、それぞれ分かれてみんなを助けに……」

 シィクの言葉が最後まで紡がれることはなく――

「うわぁっ!」

 背後から迫る魔物の気配。猿の魔物が放つ殺意を孕んだ気に臆したシィクは、避けるよりも身構えてしまう。
 身体が動かない! そう思った矢先、シィクの前にリヴァルが立ちはだかった。

「フンッ!」

 一振りで魔物を薙ぎ払う。魔物はその一撃で絶命した。
 武器に付着した血を払い、いまだ身をすくませるシィクを叱責する。

「シィク、てめえは人のことより自分のことを気ィつけな!」
「……ごめん」

 リヴァルの言葉でようやく平静を取り戻す。臆病な目の奥に、小さな覚悟の炎が灯った。
 武器を構えるリヴァル。辺りを見回し、やはり舌打ち。

「しかし、とんでもねえ数だな。三人に分かれていくのは危ねえかもしんねえ……。
 おい、シィク! 俺は西門付近の奴らをなんとかすっから、お前はローザと東側の救援に回りな!」
「わかった、リヴァルも気をつけて!」
「おう! まあ、任せな!」

 リヴァルの言葉を信じ、シィクは東側へと駆け出す。
 ――リヴァルなら大丈夫。僕は、僕のできることをするんだ。
 剣を握る手に力が入る。手は汗で湿っていた。


 シィクとローザが救援に回ったエピオス村東部。残すところもあと一か所であった。
 焦りが身体を疲弊させつつも、足は止めない。止めれば手遅れになるかもしれない。それだけはなんとしても避けなければならなかった。

「あとは、水車小屋のエルおばさんだけっ!」
「急ごう!」

 二人が水車小屋に到着し、扉を力強く開く。

「おばさん、助けに来ました! って……!?」

 たじろぐシィク。予想だにしていなかった光景に息が詰まる。彼の背後から中の様子をうかがうローザも、たまらず悲鳴を上げた。

「いやぁっ!」

 中にいたのはエルおばさんではなく、大きな影。熊のようにも見えるが、それにしては腕が大きすぎる。鋭い爪もまた然り。ただの獣とは思えない。先日、ロックスと共に村の周辺の見回りをした際に遭遇した魔物に似ていた。
 それに、奇妙な音が聞こえる。肉を引き裂き、節操なく貪る、そんな音。不快感を刺激するその音が二人に最悪の想像をさせた。エルおばさんは――

「うそっ……こんな、こんなことって……!」

 ローザは立つこともままならないといった様子だ。少しでも気を緩めれば崩れ落ち、涙を溢れさせる。そうなっては逃げることも難しい。
 シィクも動けない。危険とは縁遠い生活を送ってきた彼らにとって、ショックはあまりにも大きすぎた。

「いや……いやぁぁ……」

 ふらりと足が揺らぐローザ。指で押しただけで倒れてしまいそうなほど不安定だ。立つこともままならないといった様子である。
 背後の気配に気づいた魔物は緩慢な動作で振り返る。赤黒く染まった口元が歪に裂ける。ずしん、ずしんと重たい足音を立てて二人に迫っていく。
 シィクは剣を構えた。足は震える。呼吸の間隔が狭まる。緊張と恐怖がシィクの身体を極端に強張らせた。

「ローザ、しっかり! ……来るよ!」

「どうして? どうしてこんなことに……っ」

 ローザの声はか細い。エルおばさんの死が大きなショックを与えたのだろう。なにか言葉をかけるべきだと考えたシィクであったが、自身も同様のショックを覚えたため、なにも言えなかった。
 ふらりと立ち上がるローザ。鉄扇を構えはするものの、いつもの明るさは失われている。
 熊の魔物がひとつ咆哮する。背後から二匹の狼が迫ってきた。仲間を呼ばれたのは厄介だ。自分と、戦意喪失したローザで果たして切り抜けられるのか。シィクの不安は膨らむばかり。
 狼が二手に散り、攪乱するように駆け回る。見失わないように警戒心を強めるシィク。ローザはそこまで気が回っているように見えなかった。

「魔神剣ッ!」

 後手に回れば狩られる。そう判断したシィクは牽制の意味を込めて剣を振るった。衝撃波が駆けるものの、狼を捉えることはできない。しかし連携は乱れた。ローザに最も近い狼に向かって駆け出す。

「当たれっ、鋭衝撃ッ!」

 刹那の一閃。シィクにとって最速の攻撃手段は狼の脳天を捉えた。運か、実力か。狼は絶命する。残った狼を倒さなければ――!
 振り返った途端、ローザが倒れてくる。狼に倒され、まさに喉笛を喰いちぎられる瞬間であった。シィクは体勢を整える余裕もなく、大きなステップから剣を振るった。

「やあああああっ!」

 大振りな一撃ではあったが、狼を退かせることには成功した。慌ててローザを抱き起こす。呼吸は荒く、焦点が定まっていない。駄目だ、とてもじゃないが、戦える状態ではない。普段のローザなら、狼の突進くらい回避できるはずなのだ。押し倒され、抵抗することもできないローザはシィクも見たことがない。
 狼は熊の元へ駆け寄り、凶悪な牙を剥く。熊がのそりと起き上がる。二本足で立つその姿は威圧感たっぷりである。

「ローザ、戦える!?」
「う、うん……大丈夫、大丈夫だから」

 よろりと鉄扇を構えるローザ。言葉とは裏腹にぼろぼろだ。
 シィクはローザより半歩前に出て、剣を構える。ローザを護らなければ。そんな思いがシィクに少しばかりの勇気を与えた。
 熊の魔物が大きく右手を振りかぶった。禍々しい爪に息を飲むシィク。

「横に飛んで!」

 我に返ったシィクは叫ぶ。振り下ろされた一撃は床に大きな傷をつける。あんなものが直撃したら――背中を悪寒が撫でる。
 体勢を整えるのも一歩遅いローザ。そこに狼が突進した。今度は鉄扇を振るって接近を阻むものの、いつものキレはない。

「ぶ、舞焔!」

 ラピスの力を使い、炎の連撃を浴びせる。しかし致命傷には至らず、狼は大きく顎を開け、鋭い牙をローザに突き立てようと迫る。

「ローザ! ッ……!?」

 突然迫りくる大きな影と、凄まじい衝撃、軽い浮遊感の後、壁に叩きつけられる。どうやら熊の一撃らしい。接近に気がつかなかった。ローザに気を配りすぎた結果である。

「ぐっ、うう……」

 痛みに呻くシィク。身体が動かない。
 ローザはというと、狼と武器を交えていた。身を屈め、鉄扇を力一杯振り上げる。

「扇烈昇!」

 狼の顎を下方から裂く。これが致命傷となり、狼は戦闘不能に陥る。そこでようやくシィクの状態に気がつき、結晶術の詠唱に入った。

「シィクに近づかないで!」

 発動した結晶術は、フレイムドライブ。三発の火球が熊に迫り、背中を焼いて注意を引きつけた。ローザの方へと足を運ぶ熊。彼女も退く様子はない。
 視界が霞み、状況を判断できていないシィク。立ち上がり、側頭部から頬にかけて走る熱に違和感を覚える。血が流れていた。
 鉄扇を構え、一呼吸の後に迫る。扇を手のひらで回転させ、畳みかけた。

「追撃扇!」

 虚を突かれた熊は扇の攻撃により膝をつく。すかさず飛び退るローザは回復の結晶術を唱えた。優しい光がシィクを包み、傷を癒す。
 かろうじて立ち上がることができたシィクは再び剣を構え、ローザの隣に立つ。

「ありがとう、ローザ」
「ううん、反応が遅れてごめん……」

 熊の背後をちらりと見やる。緑色の瞳には動揺が映っていた。
 まだ油断はできない。シィクは一歩踏み出し、剣の切っ先を熊に向ける。立ち上がった熊の威圧感は並みではない。加えて、戦い慣れしているリヴァルやロックスもいない。この緊張感が二人の動きをより鈍らせた。
 熊がひとつ咆哮する。仲間を呼ぶものではなく、威嚇のような印象を抱いた。身体が震え、恐怖が血管を通して全身に走る。シィクは剣を両手で構え、咆哮で返した。ただの強がりだった。

「やあああああっ!」

 駆け出すシィク。剣の間合いギリギリのところで床を蹴った。身体を縦に回転させながら襲いかかる。

「裂空斬!」

 またしても不意を打った攻撃。しかし同じ手が二度通じるほど敵も甘くはない。隙だらけの攻撃に合わせて怪力を宿した腕を突き出した。シィクは止まれない。勢いに任せた一撃が致命傷に至ることはなく、熊の腕を浅く裂いた程度であった。無防備に熊の懐に飛び込んだシィク、熊の牙が迫る。

「うわあっ!?」

 シィクの肩を牙が捉えた。骨が軋む音と共に、激しい痛み。身体の温度がどんどん奪われていくのがわかる。苦痛に喘ぐシィク、もはやこれまでかと意識の維持を放棄した瞬間、霞む視界に小柄な影が見えた。

「――烙爆襲舞!」

 シィクより一拍遅れて飛び込んできたローザ。刹那、熱風が巻き起こり、熊の絶叫が小屋の近辺に響き渡る。重さもあって大きく打ち上げることはできなかったものの、シィクを牙から解放する。
 荒い呼吸のローザはシィクに向けて檄を飛ばす。

「いまだよシィク!」
「う、うん! たあああああっ!」

 シィクは剣を腰溜めに構える。ロックスから貰ったラピスが紫色の光を放った。剣が紫電をまとう。力の発動を確信したシィクは、そのまま剣を薙ぎ払った。

「雷神剣ッ!」

 雷の衝撃波が熊を襲う。荒々しい雄叫びの後、熊は仰向けに倒れた。どうやら仕留められたらしい。死線を潜り抜けた実感のないシィクだったが、遠ざけていた現実が迫ってくる。シィクは剣を落とし、項垂れる。ローザはというと、口に手を覆ってその場に座り込んでしまった。

「間に、合わなかった……。ごめん、おばさん……ごめん……っ!」
「もぉ、やだ。こんなの……っ!」

 嗚咽を漏らすローザ。もはや戦意喪失、戦うことは不可能かもしれない。
 シィクは現状を極力客観的に見ることに務めた。

「うっ、ううっ……」
「ローザ……リヴァルや他のみんなのことも気になるし、一度、教会に戻ろう」
「……うん」

 ローザはなんとか動ける状態に気持ちを立て直す。
 二人はエルおばさんを見やり、溢れてくる言葉をぐっと飲み込んで教会へと走った。

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