「わかった。その言葉、信じよう。ただし、俺も本気で行かせてもらうぞ!」
かつてシィクたちには見せたことのない気迫を放つロックス。男は心底愉快そうに笑った。大鎌を掲げ、頭上で一回転させる。
「くっひひっ、そう来ねえとなァ! ――俺様の名はアヴァリタ! 強欲の罪を司る者!」
「ロックス=シュトラーゼだ。俺が勝てば、この村から魔物たちを退けてもらう。忘れるな!」
「あァ! ッヒヒ! さァ……始めようじゃねェか!」
アヴァリタと名乗る男と、ロックスは同時に駆け出す。戦いの中に身を投じる兄の背中を追いかけ、シィクも走り出した。リヴァルも同様だ。
「兄さんがいれば、もう大丈夫だよね!」
シィクの声には微かな希望が宿っていた。リヴァルはどこか不満げに舌打ちをする。
「お前はあいつに頼りすぎだろ! ……けどまぁ、確かになんとかなりそうだな」
リヴァルもシィク同様、ロックスが駆けつけたことに密かな安堵を抱いているようだった。それでも表情は、どこか苦いものであったが。
ロックスは大剣を突き出した。アヴァリタはそれを大鎌の柄で受け止める。あれほど細い部分で大剣の切っ先を確実に防ぐのだ、やはり並大抵の技量ではない。
反撃に転じるアヴァリタ。大鎌を振るって大剣を弾き、力強い蹴りを繰り出す。身をよじって回避するものの、体勢を整える隙は与えない。大鎌を振り上げ、ロックスの首を刈り取らんとする一撃を放つ。
「瞬迅剣ッ!」
「裂駆槍ッ!」
シィクとリヴァルの、鋭い突き。僅かに遅れたシィクであったが、それが微妙なリズムのずれを生む。リヴァルの初撃は回避したものの、シィクの切っ先がアヴァリタの衣服を浅く裂いた。
「チィッ、すっこんでろォ!」
アヴァリタは回転しながら大鎌を振るい、シィクとリヴァルを同時に切り裂く。もとより傷の深いリヴァルは膝をついてしまう。シィクたちの奇襲により、ロックスは体勢を立て直し、溜めからの力強い突きを放った。
「空破衝ッ!」
「ごあっ!」
防御体勢を取れなかったアヴァリタは焼け焦げた民家に突っ込んでいった。シィクは慌てて立ち上がり、リヴァルに治癒の結晶術を施す。
ロックスはアヴァリタを吹き飛ばした方向から目を逸らさない。
「シィク! あまり前に出てくるな!」
「で、でも!」
「俺に任せておけ。これ以上――心配させるな」
シィクは思わず息を飲んだ。
ロックスの言葉は確かに皆を心配するものであったが、それ以上にアヴァリタを破らんとする強い意志が感じられた。
自分がいても足手纏い。そう思わざるを得なかった。
「早く立ち上がれ。まだ、負けたとは思っていないだろう?」
「ッヒヒ、よォくわかってんじゃねェか……!」
火に包まれた民家から姿を見せるアヴァリタ。大鎌を振るい、戦意を失っていないことを示した。
ロックスは再び構えを取り、さらに警戒心を強めた。
「そォら続きだ! 続きをやるぞ! もっと俺様を楽しませろよォ!?」
「早々に決める!」
再びぶつかり合う大剣と大鎌。
アヴァリタが大鎌を前方で回転させる。円を描く刃でロックスを刻もうと考えたらしい。ロックスは素早く後方に飛び退き、鋭い一歩と同時に、三連続の突きを見舞う。
「瞬連塵ッ!」
「甘ェ! 甘ェぞ!」
笑うアヴァリタであったが、ロックスの攻撃は終わらない。身体を捻りながら大剣を振るい、その反動で自らも飛び上がる。
「まだだ! 閃空裂破!」
「ぐうっ! ヒヒヒッ!」
身体を引き裂かれ、なおも笑うアヴァリタ。危機を感じているというよりは、ロックスの実力に喜びを隠せていないようだった。
落下の勢いに合わせて、大剣を再び振るう。アヴァリタは地面に叩きつけられ、着地したロックスは攻撃を続ける。
袈裟懸け、横薙ぎ、振り上げ、下ろす。息吐く間もない連撃はアヴァリタの身体を赤く染め上げる。
「とどめだ! 蒼竜昇裂斬(そうりゅうしょうれつざん)!」
ロックスは大剣を力強く振り上げた。渾身の一撃はアヴァリタを上空に吹き飛ばす。アヴァリタの口は笑みを湛えたまま。受け身こそ取ったが、身体は相当の深手を負っている。そうやすやすとは動けないはずだった。シィクもたまらず声をあげる。
「やった! これで……勝てる!」
安心からか、蓄積していた疲労が身体に押し寄せる。呼吸は荒くなり、身体の力が抜ける。
アヴァリタは再度立ち上がるが、息も絶え絶え。とてもではないが、戦える力が残っているとは思えなかった。
「“勝てる”? ヒヒッ、なァに抜かしてやがる……!」
「降参するなら今のうちだ」
大剣の切っ先をアヴァリタの喉元に突き付けるロックスだが、やはり消耗しているようだった。
しかしそれよりも気がかりなのは、アヴァリタの表情であった。
「……降参、だァ?」
ゆらりと立ち上がり、大鎌を乱暴に振るう。
「こんな面白ェこと終わらせてたまるかよォ!」
かつてないほどに活き活きとした声音。それでいて、常識離れした狂おしさを孕んでいる。ロックスとの戦いを、心の底から楽しんでいることが目に見えた。シィクはもはや言葉を紡げず、ただただ呆然と大鎌の男を見つめていた。
「俺様をここまで追い込んだヤツは、貴様で二人目だ! ……雷(いかずち)よ!」
「なにッ!?」
アヴァリタが武器を天にかざす。空には雨雲も雷雲もない。だというのに、落雷が発生した。その稲妻はアヴァリタの武器に一直線に落ちていく。ただのラピスが引き起こせる雷の現象とは比較にならないほどの力。いったい彼のどこにこれほどの力が存在しているのか。シィクも、リヴァルも、ただ息を飲むしかなかった。
それはロックスも同様で、かつて見たことのないほどの力を目の当たりにして驚きを隠せずにいた。
「お楽しみは……これからだァアアアアアッ!!!」
三日月のように口を裂き、大鎌を振るう。雷撃の衝撃波が発生し、ロックスを襲う。しかしロックスはこれを回避。放たれた衝撃波は付近の家屋に直撃し、激しい音を立てて破壊した。
「武器に雷を宿らせて……! でも、あの威力は……」
「っくく、この力ァ……すげえよなァ? 惚れ惚れするよなァ!? 舐めてかかるとすぐ死ぬぜ? 貴様も俺を退屈させんじゃねェぞ!」
Next>>