アヴァリタの襲撃から一週間が経ち、比較的回復の早かったシィクやロックスは倒壊した建物や死傷者たちの対処に回っていた。
瓦礫や木片の処理を終え、額に流れる汗を拭うシィク。
「兄さん、僕の方は終わったよ」
「そうか。朝から働き続けて疲れただろう? 少し休んできていいぞ」
ロックスの顔には僅かに疲れが浮かんでいたものの、それを感じさせないようにしていることがわかった。
素直に言葉に甘えておいた方が、彼も安心するだろう。シィクは頷く。
「じゃあ僕、リヴァルとローザの様子を見てくるね」
「ああ」
村の被害が甚大だったこともあってか、あの日からロックスの口数は少なくなっていた。普段から必要以上のことを口にはしなかったが、少なからず気持ちが落ちていることはシィクにもわかる。
なんとか力になりたいと思うシィクではあるが、どんな言葉をかけていいのかわからず、仕事や用事を見つけてはそれを片付けに行くのだった。
「さてと、それじゃあリヴァルのところへお見舞いに行こう」
身支度を整え、静かに歩き出す。村の様子を見ていれば、足取りは自然と重くなった。
リヴァルはまだベッドから動けず、生活もままならないと考えるといろいろ世話も焼きたくなるものだが、本人は「毎日来なくていい」と煙たがっていた。
「……けど、リヴァルの家って、びっくりするほど何もないけど、不自由しないのかな?」
彼の家はあまりにも質素な空間で、正直生活感や人間味が感じられなかった。毎日どうやって過ごしているのだろう。寂しくはないのだろうか。
「そういえば、僕、リヴァルがこの村に来る前のこと、全然知らな……あっ」
思い出したかのように漏れる声。それは以前、リヴァル自身のことについて触れたことだった。
「ずっと前にリヴァルの家族のことを聞いたら物凄く嫌がられて、そのままだったけど……いつか、話してくれるときが来るのかなあ」
あのときはまだ、心を開いてくれていなかったのかもしれない。そう思えばまだ納得がいった。ただ、言いたくない気持ちは事実だろう。本人が語ってくれるまで、待ち続けよう。
……いつになるのかなあ、と、苦い笑みがこぼれた。
リヴァルの怪我は大きなものだったが、「他の奴らがうるさい」「人に気を遣っていたら治るもんも治らねえ」という半ば理不尽な主張を続けた結果、自宅で療養することとなっていた。リヴァルの家の被害が少なかったのは、彼にとってせめてもの救いだっただろう。
シィクは毎日、リヴァルの家を訪れては生活に必要なものを届け、暇をみては簡単な家事をして帰っていた。そんなシィクを邪険にすることは少なくなっていた。
「リヴァル、調子はどう?」
「ロックスのやつに伝えといてくれよ。そろそろ身体を動かさねえとどうにかなっちまいそうだ」
「あはは、まだ動いちゃいけないって聞いてるから、もう少し我慢しないとね」
「はあ、マジかよ……こんなにピンピンしてんのにな……」
我慢という単語にか、すっかり意気消沈したリヴァル。左手で握り拳を作って、じいっと見つめている。元気だ、動ける、ということを確かめているように。
しばしの沈黙の後、リヴァルは神妙な面持ちで口を開いた。
「……すまねえな」
「え?」
「村のこと、終わってねえんだろ?」
「……うん」
村が完全に立ち直るまでは、確実に時間がかかる。壊れた建物や村の環境のことだけではなく、村の人たちの気持ちが前を向けるようになるには、もっと多くの時間がかかる。
それを思うと、シィクの気持ちは沈む。視線も落ちた。
「ローザの様子はどうだ?」
気になるところは同じだった。
「まだ、安静にしてる……」
「そうか」
再び訪れる沈黙。話題が尽きたわけではなく、言葉を探っているのだ。
リヴァルがなにを聞きたいかはわかっている。しかし自ら話題に挙げることができなかった。
「あのときのこと、覚えてる感じか?」
リヴァルの方から尋ねてきたのは救いだった。
ローザが自身の変化や、それに伴って起こしてしまったこと。覚えているのなら、フォローやケアは必要になってくるが――
「……どう、なんだろう。ショックが大きかったから、覚えてないかもしれないし。でも、すごく……落ち込んでるよ」
リヴァルは「そうか」とだけ呟く。
彼は少し間を置いて、シィクに目を向けた。
「すまねえな、シィク。いまはローザのこと、頼むぜ」
「うん。じゃあ僕、そろそろローザのところに行って来るよ」
「おう」
次はローザの家だとドアに手をかけたシィクだが、なにか思い出したように振り返る。
「なにか必要なものがあるなら、あとでまた持ってくるけど……?」
リヴァルは笑った。なにが可笑しかったのか、シィクにはわからなかった。
「いまのところはねえなあ……つーか、シィクも疲れてんだろ? ローザの見舞いが終わったらさっさとウチに帰って寝な!」
「え? 僕はまだ疲れてないよ? リヴァルの家の掃除だってまだやってないし……」
「だーっ! 掃除は必要ねえっての! いいからたまには休め!」
遮るように声をあげるリヴァルだが、怒っているわけではないのはわかった。きっと、心配してくれたのだろう。シィクはたまらず笑ってしまう。
「ははは。うん、じゃあ!」
ドアが閉まり、しんとした静寂が訪れる。リヴァルはひとり、ベッドの上で呟いた。
「くそっ、昔っからまったく成長してねえよな。なにも、できねえ……!」
Next>>