Tales OF Seek 第7話「決意と旅立ち」2


第7話「決意と旅立ち」2

「はあ……次はローザのお見舞いだけど、なにを話せばいいんだろう」

 シィクの心配性はいまに始まったことではないが、今回はわけが違った。
 村を半壊に追いやった原因は、少なからずローザにもある。本人はあまり覚えていないようだったが、村のことを話そうにも自責の念に駆られるローザは見たくない。アヴァリタの話をするなんてもってのほかだ。

「村のことを聞かれても、アヴァリタや魔物たちのせいでお墓だらけだし、爆発のせいでいろいろなくなっちゃったし……」

 ローザのことを思えば思うほど、話題を選んでしまう。しかしローザは鈍いわけではないのだ。

「いつもローザやリヴァルから話しかけてくれてたし、僕から話題を出すことってあんまりなかったからなあ」

 自分の受け身な姿勢にほとほと嫌気が差す。
 ローザの家への歩みは遅々としていくばかりだった。

「村のことに触れない話題……元気が出る話……元気が、出る、はなし……うーん……」


 ローザの自宅である教会は、彼女が発生させた爆発により倒壊してしまった。現在、ローザはそこにはいない。被害の少なかった建物を仮設の避難所としており、ローザはそちらで養生していた。
 シィクが訪ねると、ローザの養母が部屋まで案内してくれた。

「ローザ、起きてるかしら? シィクが来てくれたわよ」

 ノックの後、シィクが部屋に通される。村の対応に追われる村長の手助けをするために、養母はすぐに部屋を出て行った。
 ローザは笑顔を見せるが、それが無理やり繕ったものだということはすぐにわかった。シィクはベッドの隣の椅子に腰かけ、彼女の様子を窺う。今日もローザの方から話しかけてくる様子はない。うつむき、なにを思っているのかわかりにくい表情だった。
 シィクは意を決し、声をかける。

「ローザ、調子は、どう?」
「……ん。だいぶ、良くなったよ」

 村が襲われたショックからか、ローザから話しかけてくることがなくなり、見舞いのたびにシィクから話題を出すようになった。しかし自分から話題を持ち出すことが苦手なシィクは、余計な心配をしてしまう。おかげでほとんど話題が尽きていた。
 だからといって、お見舞いに行ってなにも話さないわけにもいかず、とにかく思いついたことを口に出す。

「さっき、リヴァルのお見舞いに行ってきたんだ。相変わらず暇そうにしてたよ。『暇すぎてどうにかなっちまう』って言ってたけど。ははっ……」

 ぎこちない笑いだと気づいてしまった。しかしローザの表情に変化はない。気づいていないのか、余裕がないのか。慌てて次の言葉を紡ぐ。

「こんなときでも、リヴァルはいつも通りで、なんだか安心するよね。……あ、えーっと、村の方はね、あと少しで片付……あっ」

 口を滑らせた。さすがに言葉に詰まってしまう。他に話題も出せないまま、ただ無言の時間だけが過ぎた。
 なにか、なにか話題を。焦りが顔に出ていただろうか、ローザが微かに口を動かした。

「いいんだよ」
「えっ?」

 なんのことかわからず、聞き返す。
 ローザの視線は落ちたまま。表情からはなにも窺えない。

「シィクも、いつも通りでいいんだよ。村のことを話さないようにしているのはわかるけど……。あまり気を遣われると、私の方が気にしちゃうかな」
「あ……」

 自分の選んだやり方が間違いであったことにようやく気付く。ローザのことを思っていたつもりが、逆に彼女の気を揉ませていた事実が、シィクをひどく責め立てた。
 ローザは顔を上げ、シィクを見つめる。少し、疲れたような顔だった。

「この村がいまどうなっているのかわからないから、私は村のお話が聞きたいよ」
「そう、なんだ」
「……ん」

 少し安心した。最初はそう思った。けれど――

「……ごめん。でも、全部を話す勇気は、僕には、まだない、かも……」
「え?」

 ローザはきょとんと目を見開く。その目は疑問を映していた。今度はシィクが視線を落とし、ぎゅっと拳を握った。震えを隠すように。

「だって、あのとき、すごく……怖かったから。この村に、魔物がたくさんいて、建物も燃えてて、それに……」

 ――村を襲った男のこと、豹変したローザのこと。大事なことは、まだ話せなかった。
 アヴァリタを瀕死に追いやった爆発は、村にも甚大な被害を与えた。その爆発の原因は、ほかでもないローザ自身の力だったのだから。
 ……ローザは、あのときのことを覚えていないかもしれない。知ってしまったら、きっと立ち直れないほどのショックを受けてしまう。
 そう考えると、話すことを躊躇ってしまう。どんどん言葉に詰まっていく。シィクの様子に、ローザはぽつりと呟いた。

「あ、そうだ。……そうだったね」

 重たい沈黙が二人にのしかかる。
 ローザは笑顔をシィクに向ける。虚勢で固めた、はりぼての笑顔だった。

「ごめんね。シィクが大丈夫なときでいいから」

 気遣わせてしまった。
 シィクは自分の不甲斐なさに、また言葉を失ってしまう。ローザは作り物の笑顔で続けた。

「今日はもう少し休みたいから、シィクも、お家に帰って休んで?」
「えっ?」
「私も早く元気にならなくちゃ! ね? だから今日は、もう少し休むの」

 まだ違和感はあったが、彼女の口から発せられた言葉自体は、以前のローザのものだった。

「……うん、わかった。じゃあ、また来るから。しっかり休んで」
「……ん」

 部屋を出ようと立ち上がったシィクだが、ふと、思い立ったように口を開く。

「どうしてだろうね。今日は兄さんも、リヴァルも、ローザも、僕に休んでって言うんだよ」
「そうなの?」
「うん」

 ぽかんと視線を交わす二人は、自然と吹き出した。久し振りに見たローザの笑顔、シィクは少しだけ安心した。

「うん、うん! やっぱりこうでなくちゃ」
「え?」
「笑わなくちゃ。なんだか、笑ったら元気が湧いてきたよ。ありがとう、シィク」

 以前の明るいローザが帰ってこようとしていた。
 それが嬉しくて、シィクの頬も緩む。

「僕も気持ちが少し軽くなったよ。ローザ、僕の方こそありがとう」

 ――二人の顔に、ほんの少しの笑顔が戻った。

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