Tales OF Seek 第8話 「再会」2


第8話 「再会」2

バオムの樹の根元で対峙することとなったロックスとサージュ。
 普段は憩いの場として老若男女問わず人の多い場所ではあるのだが、今日は運良く人の姿はなかった。
 ロックスは右手を開き、なにかを確かめるように握る。

「ここなら精霊力も多い。結晶術をメインに戦うお前にとって、絶好のシチュエーションだろう?」
「いいんですか? 六年前とは違いますよ」

 ニヤリ、と微笑むサージュ。不敵さよりも、気遣いに感謝するよりも、ただこの状況を嬉しく思っているようだった。
 ロックスも大剣を抜き、構える。

「ああ、構わない」
「それでは――行かせていただきますよッ!」

 サージュの足元に陣が展開される。早速の結晶術、それを易々と打たせるほど、ロックスは甘くない。一瞬の溜めから大剣を突き出し、突進した。

「幻龍斬!」
「っと!」

 詠唱を放棄して、咄嗟に横っ飛びで回避するサージュ。体勢を素早く立て直し、短剣を振り抜く。

「蒼破刃!」

 可視化した風の刃がロックスを襲う。大剣を振るいそれを掻き消すが、その一瞬でサージュの結晶術が完成する。
 詠唱破棄。使い込み、身体に染み込んだ結晶術だからこそできる結晶術師の奥義だった。

「ライトニング!」

 紫色の陣が弾け飛び、ロックスの頭上から雷が飛来する。
 衝撃はさほど強くはないものの、すぐには攻勢に転じられない。サージュは遠慮しない、畳みかけるように結晶術の詠唱を続ける。

「凍てつく刃、降り注げ雨の如く! アイシクルレイン!」

 再び陣が弾け、氷の槍が豪雨のように降りかかった。
 大剣の陰に隠れてそれを防ぐものの、後手に回ればサージュの思うつぼ。ロックスは再び距離を詰めるべく駆け出した。サージュは再度、詠唱を開始する。

「やられっぱなしではないぞ、隙だらけだ!」
「罪に穢れし邪悪な魂、紫電の剣閃にて咎めん――」

 サージュの詠唱完了が先か、ロックスの大剣が先か。
 勝負は一瞬。先に攻撃を始めたのは、サージュだった。陣が弾け、右腕を振り被る。

「サンダーブレード!」

 サージュの腕の延長線上に、長大な雷の刃が生まれる。勢いよく振り下ろされたそれは街中を揺るがすほどの衝撃を発生させた。

「どうですか、隊長! 俺も昔のままじゃないんですよ!」
「確かに成長したな、だが――」
「あれ?」

 ロックスはすでにサージュの背後に回っていた。大剣を構え、全力で振り上げる。

「流影斬!」
「おわっ!?」

 かろうじて短剣で受け止めるものの、大剣の衝撃を完全に殺せるはずはない。サージュは体勢を崩したまま宙を舞った。
 次はロックスが攻勢に転じる番だった。吹き飛んだサージュを追いかけ、大剣を振り被る。

「剛・魔神剣!」
「くっ! ファイアボール!」

 空中にいながらも詠唱破棄から結晶術を放つサージュ。放たれた火炎弾はロックスではなく大剣に命中し、振り下ろされようとしていた大剣を弾く。大剣の重みで仰け反るロックスだが、その勢いを利用して身体を捻り、強引に体勢を整える。サージュの落下地点から離れたところで大剣を力強く振り抜いた。

「魔神剣!」

 着地したサージュに衝撃波が迫る。防ぐことも叶わず、直撃。体勢を崩してしまう。ロックスは力強い踏み込みでサージュに肉薄した。接近戦に持ち込まれるのはサージュにとってよくない展開だったが、短剣を手の中で回し、ロックスの接近を阻もうとする。

「牙連刃!」

 サージュの短剣が鼻先を掠める寸前、ロックスは軽やかにバックステップを踏み、それをかわす。空振りで動揺したサージュ。その隙を逃さず、ロックスは大剣を薙ぎ払った。

「無影衝!」
「がっ……!」

 大剣の一撃を避けきれず、サージュが仰け反った。そこを逃さず、大剣を振り上げた。

「断空剣!」

 小規模の竜巻が発生し、サージュは再び宙を舞う。無防備な姿を晒すサージュに、ロックスは深い溜めからの強烈な突きを放った。

「空破衝!」
「ぐわあっ!?」

 サージュはバオムの樹の幹まで吹き飛ばされ、背中をしたたかに打ちつけた。
 ロックスは深く息を吐き、構えを取り直す。

「まだ甘い、な」
「は、ははは、久し振りに隊長と手合せしたもんで、緊張してたのかな」
「言い訳は見苦しいぞ、もう終わりか?」
「まだまだ……これからですよ」

 ゆらりと立ち上がるサージュ。彼の足元に結晶術の陣が展開される。空気が張り詰め、徐々に気温が下がっていく。ロックスが違和感を覚えたときには、もう遅い。大気が凍り付き、無数の結晶が空中で煌めく。大気中の水分を伝うように、ロックスの肌も凍り付いていく。

「これは――」
「永久(とこしえ)の絶対零度、打ち砕くは希望の迅雷!」

 サージュの詠唱は進んでいく。ロックスの身体は完全に凍り付き、巨大な氷塊が生まれる。

「カルトブリッツ――」

 サージュの手のひらから雷撃が放たれる。それは氷の結晶を伝い、氷塊の元へ。氷塊が紫電を纏い、サージュは力強く拳を握る。

「ゼロ!」

 氷が砕け、紫色の閃光が派手に散る。ロックスは膝をついた。雷撃の影響で身体が痺れているようだった。
 サージュは勝利を確信し、小さく跳ねて拳を突き上げる。

「やった! 隊長に勝てた!」

 喜んだのも束の間。ロックスの復帰は早く、素早く間合いを詰めた。大剣を腰溜めに構え――

「言っただろう、まだまだ詰めが甘いッ!」
「嘘――うわぁっ!」

 一息に振り抜いた。防御も回避も間に合わず、サージュは派手に転がって倒れてしまう。勝敗が決したところで大剣を鞘に収めるロックス。立ち上がることもままならないサージュは、肩で息を切らしていた。

「はあっ、はあっ……は、ははっ、やっぱり、強いですね」
「サージュも腕を上げたじゃないか」
「へへっ、ありがとうございます!」

 実力を認められたことがよほど嬉しかったらしく、満面の笑みを見せるサージュ。ロックスは手を差し出し、立ち上がらせ、周囲に視線を配る。

「ところで」

 ロックスがなにに気を配っているのかわからない様子のサージュ。

「実は訳あって、シィクたちには騎士団にいたことを話していないんだ」
「えっ!? じゃあ『隊長』ってのいうのは愛称ってことにしておきましょうか」
「ああ、頼む」

 二人は広場のベンチに腰掛け、全力とも言える手合せの疲れを取った。
 ロックスがおもむろに口を開く。

「しかし本当に久し振りだな。皆は元気にしているのか?」
「そうですね、ラフディは相変わらずですよ。シャンティは……って、話が長くなっちゃいますから、続きは夜にでも話しませんか? 俺、明日の朝には次の場所へ調査に行かなければならないんですよね」
「調査?」

 世界は平穏を取り戻したはずだった。それなのに、わざわざなにを調べることがあるのだろう。よりにもよって、世界を救った騎士団が。
 サージュは声を潜め、低い声音で告げる。人懐こい笑顔はどこにもなかった。

「ええ。この件も含めて、夜に」

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