Tales OF Seek 第8話 「再会」3


第8話 「再会」3

 その夜、ロックスは三人に「少し出かけてくる」と告げて部屋を出て行った。
 部屋の外にはサージュがおり、扉が閉まる僅かな間に聞き取れた言葉から、酒を飲みに行くことだけはわかった。
 真っ先に反応したのはリヴァル。少し興奮した様子でシィクの肩に手を回す。

「おいシィク。ロックスのやつ、あの騎士と飲みに行きやがったぜ。真面目そうな顔して酒だぜ、酒!」

「まあ、兄さんも大人だし……」
 と言ったものの、村にいた頃はロックスが酒を飲んでいる姿など見たことはなかった。 やはり古い友人と再会すればそうなるのだろうか。
自分の知らなかった兄の一面に、少し歯がゆさを感じるシィク。

「なぁ、ちょっくら様子でも見に行かねぇか?」
予想しなかったリヴァルの提案に、シィクは乗っかりたいと思っていたが、
「もう! 次の目的地まで距離があるって言ってたでしょ。ちゃんと休まなきゃ!」
 ローザの注意にはリヴァルも逆らえないようで、ふてくされた様子で「しっかたねぇなあ……」と、ため息を吐いた。


「すみませんね、隊長。大したもの出せなくて……」

 サージュに招かれたのは、彼の自宅。
テーブルには少々の酒とつまみ。申し訳なさそうなサージュに対して、ロックスは朗らかに笑う。

「いや、構わない。そういえば、サージュはバオムの出身だったな」
「はい。……といっても、数年に一度帰ってくる程度ですけどね。と、昼間の話の続きですが」

 コップに注いだ酒を一口飲むサージュ。コトン、と硬い音が響いた。

「シャンティは、隊長が故郷に帰ったあと、騎士団を抜けてしまったんですよ。ラフディの話だと、身を固めるかもしれないとか……」
「そうか。シャンティなら良い嫁さんになるだろうな」
「……。はあ、隊長ぉ」

 サージュの物憂げな吐息。気が滅入っているのはわかった。ロックスも一口酒を飲み、尋ねる。

「どうした?」
「隊長は、その……シャンティのこと、どう想っ……」
「うん? 気配りのできる優しい女性だと思っているが」
「ああ、わかりました。やっぱなんでもないです…………はあ」

 酒をぐいとあおり、項垂れるサージュ。ロックスは昔からこうなのだ。女っ気がない、自覚もない。なんとも残念な男だと、サージュは呆れたようにため息を吐いた。

「あと、調査の件ですが……実はまた、精霊力が減少しつつあるんです」
「なんだって……!?」

 ロックスの表情が強張る。サージュも、先ほどまでは打って変わって、神妙な面持ちで続けた。

「最初は、ほんの少しの変化だったんです。それが二か月くらい前、急に……現象の仕方が、六年前と似てるんですよね。そのため、俺が単独で調査に向かうことになったんですけど」
「では、あの遺跡に?」

 六年前、世界の存亡を賭けた戦いの場。あの場所に、サージュ一人で向かわせるのは――。ロックスはそう考えたのだろう、サージュは手を振って、それを訂正した。

「さすがにあそこは俺一人では無理ですよ。それに、今回精霊力の減少が見られたのはエピオス村の方なんです。……隊長、ここ数カ月の間、変わったことはありませんでしたか?」
「変わったこと、か。まだなんとも言えない状態だが、実は……」

 ロックスはことの経緯を説明した。
 アヴァリタの襲撃に遭ったこと、豹変したローザ、ラピスを創り出した彼女の能力。それらが理由で旅を始め、王都を目指していることも加えて。

「と、こんな感じだ」
「なるほど……」
「さらに一つ、引っかかる点がある」
「なんですか?」
「……あの頃のローザは、ウィングルムに操られていたわけではないかもしれない、と思ってな」

 確かな根拠はなかった。あくまでロックスの憶測にすぎない。サージュは息を飲み、再び視線を落とす。

「――やっぱりローザさんは、あのとき助けた少女だったんですね」
「シィクやリヴァルに知られると説明に時間がかかるからな。昼間は、ああいう形を取らせてもらった」
「そういうことだったんですね。あのときは舞い上がってたもので、つい……」
「お前らしいな」

 短く笑うロックス。サージュも釣られて苦笑した。

「しかし、ラピスを創り出す力、ですか……精霊力に影響が出てもおかしくないですね。かといって、彼女がウィングルムと同じ目的を持って行動していたようにも見えません」
「そうなると、ローザがあそこにいた理由がわからなくなるな。……だが、こればかりは、考えても仕方のないことだろう」
「そうですね。アヴァリタという男のことは、調査を終えてから騎士団長に話してみます」
「すまない、助かるよ」
「いえ! 隊長には世話になりましたし!」 

 ニカッと笑うサージュ。ロックスのためなら協力を惜しまない。共に戦った時間の長さが築いた信頼関係であった。

「それじゃあ、真面目な話も終わりましたし、久々に飲みましょう!」
「明日出発だろう? 飲み過ぎると翌朝に響くぞ」
「大丈夫ですって、控えめにしますから!」

 サージュはコップに酒を注ぐ。やれやれと肩を竦めつつ、ロックスも酒を注いだ。



翌朝、エピオス村へ向かうというサージュを見送りに来たロックスとシィク。サージュは馬を撫でていた。

「それじゃあ隊長、俺はこれで」
「ああ、気をつけてな」
「はい! それでは!」

 サージュは元気な返事を返す。馬に跨り、鞭を振るってゆっくりと走らせた。
 どんどん遠くなるサージュの背中を見送り、ロックスは宿屋の方に向き直った。

「さて、俺たちも宿屋に戻り、出発しよう」
「そうだね」
「ロックスさーん!」

 宿の方から、ローザが慌てた面持ちで駆け寄ってくるのが見えた。息を切らし、穏やかでない事態が発生したことだけはわかった。シィクも不安そうな顔で尋ねる。

「ローザ、どうしたの?」

「馬車の馬が逃げちゃったみたいなの。さっきから御者の人と探してるんだけど、全然見つからなくて……」

 勝手に逃げたのか、誰かが逃がしたのか。どちらにせよ、早急に見つけなければ、ナーウィスに到着するのも遅れてしまうだろう。
 それに、ローザ一人で来たということは。

「リヴァルも探してるの?」
「ううん。リヴァルは起きたときから見てないわ。たぶん、散歩に出てるんだと思うけど」
「とにかく探してみるしかないな」

 ロックスの言うことはもっともだ。シィクとローザは頷き、馬の捜索に走った。

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