Tales OF Seek 第9話 「港町ナーウィス」1


第9話 「港町ナーウィス」1

 馬が見つかり、街を発つ準備を終えたシィクたちはバオムの樹の前に集まっていた。昨日と変わらず、自然の香りを運ぶ気持ちの良い風が吹いている。
 シィクは樹を見上げ、まぶたを閉じた。

「――いい天気」

 ローザの緩んだ声にまぶたを開くシィク。目の前には、首が疲れるほど高くそびえるバオムの樹。改めて見ても、圧巻の一言に尽きた。ただそこに佇んでいるだけなのに、こんなにも大きくて、どこか落ち着く。

「昨日は、この樹をゆっくり見る余裕なんてなかったよね」
「ま、仕方ねぇな。そんな暇もねぇし」

 さして思うところもなさそうなリヴァルの声。ロックスも樹を見上げながら「そうだな」と呟いた。

「一刻も早く王都へ辿り着かねばならないからな。この街へは、帰りにまた寄ればいいさ」
「そうですね」

 柔らかい風がそよぐ。樹はびくともしないが、深い緑色の葉を微かにさらった。両手で包み込むようにそれを受け止め、呟く。

「……不思議。ここって本当に落ち着く。精霊たちが集まるって言うのも、本当かもしれないね」
「うん。僕たちには精霊の姿は見えないけど、きっとすぐ傍にいるんだろうね」

 間接的ではありながらもシィクたちを助けている精霊。自分たちとは違う存在で、喜びや楽しみを共有できないことは少しだけ寂しかった。

「はぁ、陽が暖かくて、風が気持ちいい。樹もそう感じてるのかな?」

 シィクのふわりとした感性に、リヴァルは小馬鹿にするような笑みを浮かべた。
 ロックスが手を叩き、馬車の方を見やる。準備は整った、とでも言いたげだ。

「さあ、そろそろ港町ナーウィスへ向けて出発するか」

 シィクたちは揃って返事をした。



 馬車を走らせ、日も高く昇った頃。
 穏やかな空気の中で、ロックスが怪訝な眼差しを向けていた。視線の先には、シィクたちと談笑するリヴァルの姿。リヴァルはその視線に気づいたらしく、不機嫌そうな顔でロックスと視線を交える。
 話をする姿勢になったと判断したロックスは、いぶかしげに口を開いた。

「リヴァル、馬を助けるとき、どんな魔物を相手にしたんだ?」
「な、なんだよ」

 質問の意図がわかっていないようだった。ロックスはリヴァルの左腕を指差す。――刃物に裂かれたような傷跡があった。

「その左腕の怪我、魔物にやられたにしては、少し変だと思っただけさ」

 リヴァルの表情が僅かに揺らいだ。

「うぉっ、こんなとこ怪我してたのか!」

 驚いた、と声を荒げるリヴァル。ロックスは喋らない。質問に答えていないからだ。ただならぬ空気を感じ取ってか、シィクとローザの顔にも緊張が走っていた。
 リヴァルは記憶の糸をたぐるように天を仰ぐ。

「どんなって言われてもなぁ、変なヤツだったぜ? やっぱ村の外は見たことねぇ魔物が多いよなぁ!」

 リヴァルは笑う。旅は面白い、とでも言うような――そんなふうに見えた。
 怪我をしたということを知り、手を伸ばすローザ。

「ほら、治療するから、腕出して」
「俺は痛みに強ぇんだよ」

「またそんなこと言って」と呆れ顔のローザと、心配した面持ちのシィク。リヴァルはいつも通りの豪快な表情を見せていた。
 なんら変わらない、いつも通りの幼馴染みたち。ロックスは一人、難しい顔で顎に手を当てた。

 ――なんだ、この嫌な予感は……。

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