「はー、やっと着いたぜぇ」
退屈そうに腕を伸ばすリヴァル。
港町ナーウィスに到着したのは、バオムの街を出て三日目の夕方。休みはあれど馬車に揺られる時間は長かった。途中で何度か魔物に出くわし、馬や御者を護りながら戦った。幸い盗賊団や巨大な魔物に遭遇することもなく、順調に辿り着くことができた。
ナーウィスはバオムと違い、人の往来が盛んだった。日が沈みかけているにも関わらず話し声やセールストークが静まる気配もない。
エピオスでは見られない光景に、ローザの瞳はいつになく爛々と輝いていた。
「でももう夕方だし、今日は宿を探して終わり……かな」
「だろうな」
相槌を打つリヴァル。今日は宿を取って終わりそうという言葉に、ローザの表情が微かに揺れた。楽しみにしていたのに、ということだろう。
そんなローザを横目にロックスが口を開いた。
「シィク、俺はこの街に住む【ある人】に用がある。すまないが、この先にある【ウミネコ停】という宿で部屋を取っていてもらえないか?」
「はぁ!? また俺たちが宿を取るのかよ!」
不満げに声をあげるリヴァル。リヴァルの反応を予想していたらしくロックスは「すまないな」と一言添えた。
「タイミングを逃すとしばらく会えなくなってしまう人なんだ。宿を取ったら自由に行動して構わない」
「! いいんですか!?」
影が差していたローザの顔が、途端に明るくなる。子供のような無邪気な表情に、ロックスはたまらず微笑む。
「この街には珍しいものもたくさんある。せっかくだから見てくるといい」
「嬉しい! シィク、リヴァル、早く行こう!」
二人を導くように走り出すローザ。三人の姿が遠くなっていくのを確認すると、ロックスは深い息を吐いた。その表情は穏やかな兄のものではなく、戦士のように鋭く険しいものだった。
「……さて、俺も行くか」
ローザが主導で宿を取り、部屋へ荷物を運び入れる。どさりと荷物を置き、一つ息を吐いた。
「宿も無事に取れたし、街を見に行こう!」
いつになく楽しそうなローザに、シィクも釣られて笑みがこぼれる。
「ローザ、楽しそうだね」
「だってあんなにお店があるんだよ? 宿へ向かう途中の道で少し見たけど、可愛いアクセサリーがあったの。早く行きましょ!」
ローザは意気揚々と走り出す。シィクとリヴァルも、彼女を見失わないように追いかけた。
出店で立ち止まり、感動したような息を漏らすローザ。そんな姿をもう何度見たことだろう。シィクは微笑ましそうに見守っていたが、リヴァルは退屈そうにあくびを一つ漏らした。
「おい、そろそろ宿に戻らねえか?」
「え? だってまだ宿を出て三十分も経ってないよ?」
「……マジかよ」
鬱屈とした声で呟くリヴァル。雑踏の中でもしっかり聞こえていたらしく、ローザは「もう」と眉をしかめた。
「聞こえてるわよ」
「リヴァル、疲れてるなら宿に戻ってても大丈夫だよ。ローザは僕が見てるから」
「おっ! いいのか?」
リヴァルの表情がころりと表情が入れ替わる。ようやく解放される! という気持ちが駄々漏れだった。これにはシィクも苦笑いを浮かべてしまう。
それにシィクとしても、村とはまるで異なる賑わいを楽しみたかった。
「うん。僕もまだ町を見て回りたいからね」
「そーかそーか! んじゃ、わりぃが俺は先に帰らせてもらうぜ」
背を向け、足早に去ろうとしたリヴァルだが、思い出したように振り返った。
「あぁ、そうだ。この町は日が暮れてくるとタチの悪いヤツらが増えるから気ィつけろよ!」
「わかった。ありがとうリヴァル」
「じゃ、あとでなー」
リヴァルは手だけひらりと振りながら、今度こそ人混みの中に消えて行った。
「じゃあローザ、僕たちも行こうか」
「そうだね」
「なにか見てみたいものとかある?」
「町に来たときに見かけた、アクセサリー屋さんかな」
普段よりも少しだけ浮ついた声。エピオスとは異質な賑わいを感じて、気持ちも高まっているのだろう。彼女の先導で二人は次の店へと向かった。
人混みの奥にある路地から、リヴァルが顔を出す。二人の背中を確認すると、再び人混みの中に紛れる。
「よし、行ったな」
声を潜めてはいるが、表情は険しい。見つかるわけにはいかない、という意味を伴っていた。そうして、辺りをやみくもに見回した。
「ロックスのヤツ、どこに行きやがった……!」