「うわぁ! 綺麗な指輪!」
リヴァルと別れた二人は、ローザの要望によりアクセサリーショップに寄っていた。年頃の少女らしく目を輝かせるローザ。美しい装飾がなされたアクセサリーを食い入るように見つめている。瞳には憧れにも似た純粋な感情が灯っていた。
そんな様子のローザを微笑ましく眺めるシィク。ローザの視線を奪うアクセサリーに顔を寄せ、感動したように息を吐いた。
「本当だ。それに、使われてるラピスのレアリティーもすごく高そう……」
「こんなラピス、いったいどこで見つけてくるのかしら?」
「お嬢ちゃんは指輪をお探しかい?」
二人の背中にかけられる声。気のいい男性のものだった。振り返ると、この店の制服に身を包んだ男性がいる。男性の問いかけに二人は顔を見合わせる。
「あ、いえ、そういうわけではないのですが」
「僕たち、エピオス村から来たんですけど、この街は初めて見るものばかりで」
「エピオスから!? そりゃ遠くから来たなあ」
事情を話すと男性は目を丸くした。こういった反応を見て、遠くまで来たものだなと実感するシィク。ローザも同様の気持ちだろう。
男性は、遠方からの客に俄然やる気を満たした瞳で語りだす。
「この街は他国との貿易も盛んだから、珍しいものもたくさんあるぞ! 例えば、こいつとかな」
男性が手に取ったのは、小さなかご型のネックレスだった。物珍しそうに覗き込む二人。
「これは?」
「こいつは、ラピスチャームのネックレスなんだ。旅の途中、ラピスを拾うこともあるだろ?」
これまでの旅で、少なからずラピスを拾う場面はあった。しかしラピスの加工技術がなかったために、原石のまま袋の中である。
わかっているよな、とでも言いたげに言葉を続けた。
「でも、ラピスはそのままじゃ使えない。普通は職人たちが武具、アクセサリーに加工してくれるよな? しかし街までは距離がある、ちょっとこのラピスの効果を知りたいぞってときに便利な代物だ」
プレゼンテーションが巧みなためか、二人はうんうんと頷く。瞳には好奇心が映っていた。
「これは東にある【工匠の街クレアール】と、セントランドラ大陸にある【採掘の街エーデルダイン】の職人たちがお互いの知識と技術を結集して作り上げたものでな。このかごの部分にラピスを入れると――」
未加工の、色褪せたラピスが一瞬だけ光を放つ。それはまるで命の息吹が吹き込まれたようだった。驚く二人を見て、にやりと笑う男性。
「この通り、加工したラピスと同じように使えるんだよ」
「すごい……!」
ローザは感嘆のため息を漏らすばかりであった。爛々と瞳を輝かせるローザを見て、シィクも嬉しそうだった。
「うちの店ではネックレスしか取り扱っていないが、他にも指輪だったり髪飾りだったりと色んな種類がある。もしかしたら旅先で、ラピスチャーム商人に出会うこともあるかもしれないが、クレアールや王都に行けば、種類もデザインも気に入るものがたくさんあるだろうよ」
「すごいね、シィク!」
「うん。途中で職人さんに出会えるといいね」
「……で、どうだい兄ちゃん? これを彼女にプレゼントしてみないか?」
「えっ!?」
素っ頓狂な声を上げるシィクに、ローザも少し驚いたようだった。シィクはなにかもごもごと口を動かしている。
ローザは申し訳なさそうに手を振った。
「そんな、悪いよ。シィクは私に付き合ってくれてるだけだし……!」
「なんだい、お前さんたちデートじゃないのか?」
「デートって、わたしたちそんな関係じゃ……ねえ?」
「うん……。あー、でも、せっかくだからローザにプレゼントするよ」
シィクの申し出にローザは困ったような笑みを浮かべる。
「えっ、そんなの悪いよ」
「平気だよ、旅の記念になるし、いつか役に立つかもしれないよ」
「お嬢ちゃん、彼の厚意を無駄にしちゃうのかい?」
男性も口の端を上げている。ローザはしばし考えるように口元に手を当て、一つ息を吐いた。
「……うーん、じゃあ、お願い、しちゃおう……かな?」
「そうこなくちゃな! ほれ、ネックレスしかないが、デザインは色々揃ってるぜ!」
男性はローザを連れて商品を見繕いに行った。嬉しそうにはしゃぐローザを見て、シィクも釣られて笑った。
悩みに悩んだ結果、ローザが選んだのは球状のかごのもので、草木をモチーフにした装飾のネックレスだった。値段は少し張ったが、嬉々としたローザに伝えるのも無粋だと判断して伝えなかった。
遠くから鐘の音が聞こえてきた。シィクたちは知らなかったが、ナーウィスでは定刻になると鐘が鳴るのだ。
「鐘の音……? って、もうこんな時間。そろそろ宿に戻らないと兄さんが心配するよね」
「そうね。明日も早いかもしれないし、私たちも戻りましょ」
リヴァルは「夜になると治安が悪い」という旨の助言をしていた。あまり浮足立っていては本当に悪い人に遭遇してしまうかもしれない。二人は足早に宿へと戻った。
思い出したように呟くローザ。
「明日は王都へ向かう船に乗るのかしら?」
「兄さんの用事が終わっていれば、そうなるかもしれないね」
「村を出るときは、すごく時間のかかる旅かもしれないって思ったけど、案外そんなこともないのかも」
「そうだね。このまま順調に王都まで辿り着けたらいいなあ」
「――お嬢さん」
宿への足を止める二人。背後から聞こえてきた声は低く、男性のものだった。シィクとローザが振り返るとそこにいたのは銀髪の男性だった。どこか妖しげな雰囲気を発する男に、二人は言葉が紡げずにいた。
男は「お嬢さん」と呼びかけたことに気づいたローザは、自身を指差しながら。
「私のこと……ですか?」
そう尋ねると、男性は「あぁ」と頷いた。心なしか、温かみのある笑みを湛えていた。男性はローザに歩み寄ると、じっとローザを見つめる。
「きみは精霊と人の絆を結ぶ力を持っているように見える」
「精霊と、人を?」